歌でエネルギーを注ぎ、明日に向かおう

 東京・新宿区役所と靖国通りを挟む向かいのFSビル6階に、「歌声の店ともしび」という、喫茶をしながらお客さんと店員が一緒に歌を歌う大衆的な音楽ホールのような店がある。90人収容、テープルとイスを自由に移動できる素朴な店であるが、窓側のステージの一隅にピアノやアコ―ディオン、ベースなどから醸し出される音楽の雰意気がホールを包んでいる。

 お客さんはほとんど戦後に育った歌が好きな仲間たちである。仕事が終わり、「ともしび」に寄って歌で疲れやストレスを追い出し、体にエネルギーを注ぎ込む。休日や祭日には、家族や友人とともに行く。

 歌う曲目は、日本、ロシヤ、中国、韓国そしてアジア・欧米諸国に及ぶ名曲や抒情歌、歌謡曲、民謡、童謡、タンゴ、シャンソンなど多岐なジャンルに渡るものである。全世界から533首の歌を精選した「ともしび」の歌集「うたの世界」からお客さんが自由に注文し、店員の歌手にリードされ、みんなで合唱する形やお客さんがステージに立って独唱、重唱を披露したり、みんなと合唱する形で交替で歌を進める。まったく気楽な即興的放歌のムード。独唱・合唱コンサートやお客さんに構成される「ともしび」合唱団発表会もしばしばここで開かれる。大自然を賛美する歌、意気を励ます歌、真摯な友情や愛情を謳歌する歌、人生に訴える歌そして未来に夢を抱く歌を人々は次から次へと歌っていく。中でも、「戦争に反対し平和を求める」、「地球環境を守ろう」、それに美しい心に育つ子供向けの内容が多い。

 「ともしび」は戦後の1954年に発足した。当時、日本ではたくさんの労働歌、反戦の歌が作られ、人々に愛唱された。日本の国民はまさにこれらの歌を歌いながら瓦礫の廃墟の上に新しい民主主義国家を築き上げてきた。歌で人々の希望と情熱を燃やすことを趣旨とする「ともしび」はかつて大勢の人々を励まし、戦後復興期に国民的ブームと言われるほど全国にまで広がっていた。

 しかし、ブームはいつまでもブームになるわけではない。時代の移りによって、「ともしび」の数がだんだんと減り、一時期、大変な不況に落ち込んだ。これを背景に、「ともしび」の光が消えるのを見たくない音楽家や演劇人、詩人の協力を得て、1962年に庶民的な音楽劇を上演するオペレッタ劇団が誕生した。以来、子供と大人を対象とした公演は東京都圏を中心に全国を巡回し、現在、年間400回を超える大活躍である。

 音楽文化の創造と普及を通してよりよい人間社会を作ろうと、1990年にはコンサート・出演活動と音楽出版を中心とした「ともしび音楽企画」が生まれた。もっと多くの人々に「ともしび」の歌声を伝えるため、従業員一同は全国のあっちこっちの町を回って懐かしい歌、平和の歌、希望に燃える歌を熱唱、熱演する。また、カセットやCDを世の中に送り、音楽界とファンから高く評価された。

 「ともしび」の人気歌手・清水正美さんと小川邦美子さんは本来、「ともしび」のファンだったが、「ともしび」の感動的な歌声に惚れられて、20年前に思いきって図書館員などの仕事をやめて「ともしび」に専従した。30歳を過ぎてから働きながら月に一回ぐらい二期会のあるソプラノに個人レッスンを教わり始めた。十数年にわたって努力し続けた結果、いまは日本の歌、世界の歌、オペラアリア、シャンソン、タンゴなど幅広いジャンルで実力のある音楽キャリアを築いてきた。その甘美で透明感のある声、音楽に対する知的理解、そして舞台での個性的発揮力は正統な音楽教育を受けたプロたちさえも舌を巻かせた。現在、彼女たちのCDも好評発売中。「楽しい有意義の仕事から大勢のファンに愛されてとっても幸せです」と、清水さんは喜びを隠さなかった。「たくさんの人々から情熱や支援をいただいて歌手に成長したのです」と、小川さんは言葉に熱をこめて語った。

日本の戦後とともに歩んできた「ともしび」はいま、多様な音楽活動に活躍する音楽文化集団に発展してきた。その過程にいくつもの時代が変わったが、「ともしび」は歌で平和、友愛と情熱を伝えるという初志を変えていない。物が溢れるほど豊かな現代社会のリズムに追われている人々は「ともしび」の歌声を聞けば、心から何か温かいものが湧いてくるだろう。

本誌東京特派員  賀 雪鴻