「悪の枢軸」論についての考え

中国社会科学院アジア太平洋研究所教授 王宏緯

 ブッシュ米大統領は2002129日、年に一度の年頭教書の中でイラクとイランと朝鮮(朝鮮民主主義共和国)というまったく気脈を通じず、ひいては長期にわたって互いに対立している国々を「悪の枢軸」と非難した。この教書は発表されてから世界で物議をかもし出している。半月あまり以来、多くの国の政府と世論界は相次いで態度を表明した。その中に憤怒を表明するものもあれば、反対するものもあり、また驚愕を表明するものもあれば、困惑を表明するものもある。非難された国は、これは大国の大統領が「憶測によって」その他の国の行為に下した判断であり、「挑発性と侮辱性をもつ」ものであるとし、憤りに燃えて反駁した。広範な発展途上諸国と非同盟国もつぎつぎと否定的な見方を表明した。注意に値するのは、アメリカの同盟国、とりわけNATO(北大西洋条約機構)およびイギリス、フランスなどのEU(欧州連合)諸国もブッシュ大統領の発言を批判し、それに賛成しないか、または疑いを抱く姿勢を示していることである。例えば、イギリスの「タイムズ」は文章の中に、「三つのバラバラな国を『悪の枢軸』と呼び、まったくのデタラメだ」ときっぱり批判している。とくに指摘すべきなのは、アメリカにもこの発言に賛成しない新聞もあることである。オルブライト前米国務長官は「悪の枢軸」論が発表した3日目に「大変なまちがい」などと激しく批判した。

 事件の発展は、ブッシュ大統領の「悪の枢軸」論が八方ふさがりの状態にあることを示している。

 ブッシュ大統領の非難は確かに根も葉もなく、道理もないものである。朝鮮は「テロ組織」とまったく関係がなく、アメリカの同盟国としての韓国さえも、朝鮮はテロリズムを支持していないとしている。クリントン時期に、アメリカは朝鮮と何回も交渉を行い、一部の重要な問題の上で進展をとげた。例えば、双方は1994年に核開発凍結枠組み合意に調印した。オルブライト女史によれば、クリントン政府は「朝鮮とミサイルとミサイル技術輸出阻止についての合意に達する可能性を残した」。同女史はまた「軽々しくこの合意を放棄するのは誤りだ」と見ている。しかし、ブッシュ政府は登場すると、朝鮮との交渉を中断し、その前任があげた成果を軽々しく放棄しただけでなく、朝鮮を大いに非難している。こうした友好的でない態度は、自らの声名を損なうばかりでなく、アメリカに何の利益をもたらさないだろう。

 イラクについて言うなら、「9.11テロ事件」の犯行はテロ組織が犯したものであって、イラクではない。イラクのその他の問題は国連が表に立って交渉と対話を通じて解決するのはまったく可能である。反テロを口実に、勝手に一つの主権国に対し軍事行動をとるのは侵略も同然である。これは平和擁護に不利であるばかりでなく、逆に最近結成された国際反テロ同盟をばらばらにし、破壊する可能性さえある。

 イランの状況はわりに複雑である。国内にイスラムの原理主義勢力が存在しているとはいえ、政権は改革派に握られている。ハタミ大統領をはじめとするイラン政府はすかさず「9.11テロ事件」を非難し、アメリカもイラン政府がアフガニスタン民主政権の誕生の過程で建設的な役割を果たしたと称賛した。だが現在、ブッシュ大統領が理非曲直を問わずイランを「悪の枢軸」に入れたのは、ほんとうに世人を驚かした。28日付けのイギリス『ガーディアン』紙は、アメリカ中央情報局でさえ最近「北朝鮮とイラクがテロ組織と関連があることを証明する証拠が不十分である。イランに至っては、テロ組織と関連がある形跡があるとはいえ、証拠は確かではない」ことを再び認めたことを明らかにした。

 以上の状況の下で、当今世界で最も強大な国の大統領として話をする時はとても慎重でなければならないのに、どうして根も葉もなく「衆人の指弾の的」となるような無責任な言論を発表したのか。これもいま一度の「十字軍の東への遠征」というような失言であるとてもいうのだろうか。心の中でこのような疑問を抱く人が少なからずいる。

 ロイター通信社の21日のニューヨーク電によると、アロヨ・フィリピン大統領と韓昇洙韓国外交通商相が当日それぞれ世界経済フォーラム会場の外でブッシュ大統領の「悪の枢軸」の発言についてパウエル米国務長官に疑問を質した。パウエル国務長官は、ブッシュ大統領の「悪の枢軸」についての発言は「熟考」した上で行ったものだと答えた。この回答は多少とも一部の人の予想外であり、深思熟考する必要がある。

 パウエル国務長官の言い方を目下の人が目上の人を尊重する表れであると見てはならず、彼の言うことは信じられる。というのは「悪の枢軸」が年頭教書の中にちゃんと書いてあり、一般の即席発言ではないからだ。こうした異常な、根拠のない言い方は「熟考」を経ていれば経ているほど、重視するのに値する内容が含まれている。パウエル国務長官の回答は、この「デタラメ」と考えられる言い方には言い出すのに都合の悪い深遠な謀略が含まれており、「とんでもないあやまり」のに似ているが、大きな戦略的意図が隠されていることを知らぬ間に暗示している。それに含まれ、隠されている謀略と戦略的意図は何か。簡単に言えば、主に国内と国外の二つの方面がある。

 国内方面では、「9.11テロ事件」発生後、ブッシュ大統領はアメリカが戦時状態に置かれていると宣言し、続いてアメリカの軍事予算を世界各国の軍事予算総和の40%に近い額に増やした。ビン・ラティンとタリバーンに打撃を加える戦争が初歩的な勝利を収めたとはいえ、ビン・ラディンは依然として影も形もない。次はどうすべきかをブッシュ大統領はわからないため、年頭教書の中ではビン・ラディンに触れなかった。なぜなら、引き続きビン・ラディンを追跡し、打撃を加えるには、他の国と協力をいっそう緊密にする必要があり、兵器生産を拡大し、海外へ軍隊を増派することではないからである。しかし、ブッシュ大統領はアメリカ国民がなおも安心しないことを知っているので、自分は大いに腕を揮えることを国民に思わせるようにしなければならない。このため、より大きな標的、つまり、確実に存在する敵を探し出し、それを「悪魔にする」必要がある。こうすると、次の六つの面で役割を果たすことができる。@広範な選挙民に安堵させるA兵士の闘志を鼓舞するBアフガニスタンでの軍事上の勝利を通じて樹立した自らの英雄的なイメージを維持するC兵器生産の拡大に正当な理由を与えるD大統領選挙で自分を支持した兵器メーカーの利益を満たすE国内経済を大々的に刺激する(経済の急速成長はアメリカが世界を支配する基礎)。しかも、そしてむりやりイランとイラクと朝鮮をひっくるめて「悪の枢軸」として扱うなら、第2次世界大戦時の独意日3国のファシズム枢軸を思い出させ、非常に濃厚な戦争の雰囲気を醸し出し、上述の六つの目的を達することができるのである。

 国際方面では、「9.11テロ事件」発生後、世界各国はアメリカ人民に深く同情を寄せ、アメリカ政府がビン・ラディンおよびテロ組織を支持をするタリバーン政権に対し軍事行動をとることを支持し、次々と軍事基地使用や領空通過、後方勤務支援など面の特権を提供している。派兵する際、アメリカの将軍たちは、ワシントンに中央アジアなど各地で長期にわたって軍事基地を設ける計画がないと一再ならず表明した。しかし、アメリカの言動が一致せず、他国に長期間駐屯し、さらにより多くのところに軍隊を駐屯させようとしていることを示す兆しがある。もちろん、このようにするには、より説得力のある口実がなければならない。「悪の枢軸」をつくりだした以上、ワシントンはなおさらこの「悪の枢軸」の所在する地区に長期軍隊を駐屯させ、世界を垂直に支配する戦略的意図を実現する「正当な理由」をもつことになる。

 故意に事実を歪曲したことに基づいて制定した戦略は、典型的な一方主義の表れである。それは自国の利益しかを考えず、他国の死活を無視するものである。それがほんとうに実施されれば、国際反テロが破壊されるだけでなく、世界平和も脅かされるだろう。ブッシュ政府が熟考した上で実行するよう望む。