“ダモクレスの剣”を下ろす

―――政策決定者による国有株に関する誤った決定が、株式市場を1年の長きにわたり混乱させる“ダモクレスの剣”(注)となった。政府が停止を呼びかけたことで、市場を覆っていた暗雲はついに消え去った。

木 子

 いかに株式市場を適正かつ健全に発展させるかが、一貫して政府と証券監督管理委員会共通の課題となっている。このため政府は今、市場の低迷不振をもたらした障害を取り除く一連の措置を講じているところだが、なかでも国が所有する株式削減の突然の停止が、大きな関心を呼んだ。

 中国の証券市場は11年の歴史しかない若い市場である。国際慣例と比べ、わが国の証券市場には適正でない不統一なやり方が多い。例を挙げれば、国外では上場企業の全ての株式は市場で流通しているが、中国では上場企業のうち国有株式は一部、流通しているのは全株式の3分の1にすぎず、これが市場の不統一を招いており、証券市場の長期的な発展にマイナスとなっている。株式市場をさらに適正に発展させ、上場企業の株主権限の構造を改善するため、政府は一貫してこの問題の解決に力を尽くしてきた。

 国有株所有の削減とは、国が所有する流通していない株式を減少、非流通の3分の2の株式を上場して流通株にするというもので、すべてが流通すれば、上場企業は完全に市場により運営されることになる。一方、社会保障システムの確立を促すため、国は資金を調達し、全国社会保障基金を設立しなければならない。そこで政府は、国有企業の改革と発展を支援し、社会保障システムを完備するとともに、資金の新たな調達ルートを開拓するため、一石二鳥となる政策を打ち出した。国務院が2001612日に公布した『所有する国有株を削減し社会保障資金を調達することに関する管理暫定方法』(『方法』と略称す)だ。

『方法』第5条は「およそ国が株式を所有する株式有限公司(海外上場の企業も含む)は公共の投資家に初めて株式を発行して増資する場合、いずれも調達額の10%にあたる国有株を売却しなければならない。国有株売却による収入は、すべて全国社会保障基金に納付する」と規定している。

 だが、この方策は市場が拒絶した。公布後、4カ月近くたったころ、上海証券取引所の株価指数は30%以上も下落した。

 大幅な下落を見て、証券監督管理委員会は20011022日、『方法』第5条の規定執行を一時停止した。同委員会では「国有株所有削減の目的は広範な人々のために社会保障資金を調達すると同時に、上場企業の株主権限の構造を改善するのにプラスとなる。これは模索的な仕事であり、また長期的な課題でもある」と説明した。

 その後、同委員会は4300件余りにのぼる意見や提言を集め、これを土台に調整を行って関連する政策を打ち出したが、市場は受け入れなかった。2002129日、上海証券取引所の指数は40.3%まで下落し、A株(人民元建て株)の市場流通価格は18161億元から1772億元まで低下した。7389億元の損失、落ち込み幅は40.6%である。しかも、下落は市場の融資機能にも大きな影響を及ぼした。2001年には2カ月にわたり新規株式の発行が停止され、上場企業の資金調達は大幅に減少したほか、印紙税もかなり落ち込んだ。国家税務総局の統計によると、今年上半期の証券取引による印紙税収入は57億元、前年同期比68.3%の減と、123億元も減少している。

 2000年には6割の株主が利益を上げ、2割が損失、残る2割は前年と同水準だったが、2001に利益を収めた株主は10.7%にすぎない。

 国務院発展研究センターの郭励弘研究員は「所有株の削減には多くの方法がある。現在のやり方は条件が最も熟しておらず、最も現実性に欠ける選択であるため、失敗は偶然のことではない。肝心な問題はいかに発行価格を話し合うかにあるのではなく、削減で必ず株供給量が激増するため、株価が急速に頓挫するところにある。理論的に言えば、最終的に3分の2の非流通株が流通株となり、このように巨大な供給増は、受け継ぐ戦略的投資家がいなければ、弊害の多い中国株は言うにおよばず、適正で健全なニューヨーク株式市場でさえも受け入れられず、株券は言うにおよばず、需給バランスの取れたいかなる商品市場でさえも受け入れられない」と指摘している。

 市場の反応は、管理層は証券市場を通じて所有する国有株を削減する政策を徹底的に放棄せざるを得ない、というものだった。

 国務院は623日、海外での上場を除き、国内の上場企業は証券市場を利用しての国有株の削減に関する『方法』の規定の執行を停止するとともに、新たに具体的な実施方法は打ち出さないことを決定した。

 財政部や証券監督管理委員会では、国有株削減は重要な改革措置であり、方向性は正しく、国有経済構造調整の基本原則に合致するとともに、現代的企業制度をさらに完備し、社会保障システムの確立を促すのにプラスだと話している。だが、これは模索的な仕事であり、また複雑なシステムを有するものでもあり、かなりの時間をかけても、系統だった、市場が広範に受け入れる実施案を制定するのは難しい。同時に、国が設立した全国社会保障基金は財政支出や海外での上場時の国庫収入などで相当規模に達しており、近年、基金の収支はほぼバランスが取れ、補填される金額も少なくないことから、国内の証券市場を通じた国有株の削減で資金を調達する必要性はなくなってきた。上述した理由から、国務院は規定を停止する決定を下したのである。

 決定の2日後、深セン・上海証券取引所はまさに“火山が爆発し”、株価、指数とも全面高となり、取引高は898億元と今年最高を記録した。

 投資家の顔に久しぶりに笑顔が戻った。624日早朝、上海の証券営業所はどこも人だかり。興業証券の天鑰橋路営業所では、午前10時前後にホールは投資家であふれた。保安係は「こんな場面は数カ月も見たことがない」と興奮していた。

 同証券顧客サービス部の責任者・楊利軍氏は、当日の取り引きは非常に活発で、1日だけで15000万元にのぼったと話す。この金額は前2週間の取引総額に相当する。

 首都経済貿易大学の劉紀鵬教授は「政策決定層が過ちを犯さないとは限らない。重要なのは、過ちを修正するメカニズムだ。これがあってこそ、系統的にリスクを回避できる。打ち出した政策に市場が異なる反応を示したときに、政府がそれを果断に停止し、意見を聴取し、最終的に政策を取り止めたことで、政策決定メカニズムの民主化に向けた道が切り開かれた」と評価している。

 著名な経済学者の粛灼基氏は、国有株削減の停止は政府が大衆の意見を受け入れて、改革措置を完備できることを示したものだと指摘し、削減の一時停止また停止について「人々は錯誤の修正、ひいては過ちを知って改めることができる、という大切なやり方をさらに望んでおり、錯誤修正メカニズムの確立は恐らく資本市場が乱高下する中で得た最大の収穫かもしれない」と話す。

 学者やアナリストも「管理層は大衆の意見を虚心坦懐に聴き入れるようになった。過ちの訂正は、それを具体的に示すものだ。新興の証券市場にとって、見誤りや過ちを回避できないときにカギとなるのは、過ちを知って改めることができるかどうかであり、管理層による今回の錯誤認識は、勇気あるもので非常に喜ばしい」と評価する。

:ギリシャ神話のシラクサ王が、その繁栄を称えすぎたダモクレスを天井から剣を吊るした王座に座らせた故事から、繁栄の中にも常に危険がある、という意味にたとえられる。