統一した社会保障制度は実行できるか

 現在、中国で実行しているのは都市部住民の最低生活保障、失業保険、国有企業一時帰休者の基本生活保障という「三本の保障ライン」制度であるが、今後、国有企業一時帰休者の基本生活保障が逐次失業保険に併合して、「二本の保障ライン」となる。統一し、規範化した社会保障制度システムの確立、失業保険と都市住民最低生活保障の「二本の保障ライン」の構築は、中国が現在と将来そのために努力を払う方向、目標となっている。

 経済構造の調整と社会体制の転換に従って、少なからぬ一時帰休者と失業者が中国都市部の新たな貧困者群を形成し、その規模は絶えず大きくなっており、いままだ完備していない中国の社会保障システムは重大な試練に直面している。今年6月初め現在、全国都市部の最低生活保障を享受する人は保障を受けるべき人口総数の82%を占める1591万人に達した。中国政府のデータによると、今年4月末現在、最低生活保障ライン以下の生活をしている人は1938万人ある。

 最低生活保障活動のほか、中国はまた社会の力を動員して貧困扶助を行い、医療、教育、住宅扶助および法律援助制度を積極的に確立し、健全にし、目下「社会保障法」を起草中である。中国の社会保障システムは逐次完備している。

 社会各界が普遍的に統一した社会保障システムを評価する情勢の下で、一部の経済学者は異なる見方を提出した。そのうち、北京大学経済研究センター副主任の陳平教授の見方は比較的典型的である。陳教授の基本的観点は、中国のような大きな発展途上国で統一した社会保障システムを確立するのはまったく不可能であり、戦略的目標が誤っており、「外国風の躍進」である。社会保障制度はかならず社会の安定を維持できるとはかぎらないというものである。

統一した社会保障は外国風の躍進であり、国力を損なう 

 北京大学経済研究センター副主任 陳平 最近、学術界ではどのような社会保障制度を確立するかをめぐって論議がたたかわれている。一時帰休者の増加および大勢の農民労働者の都市への流入という現実を前にして、国の社会保障システムの確立はもはや回避できない話題となっている。

 一部の経済学者は西側諸国のモデルをそのままもってきて、中国の統一した社会保障システムの確立を提案した。このような観点は関係方面に重視されている。その理由は主に3つある。1、国有企業の社会負担を移転、軽減するので、国有企業の改革に役立つ。2、社会の安定を保障し、社会体制転換の陣痛を軽減するのに役立つ。3、社会保障システムが先進国の標識であるため、中国の国際的地位を高めることができる。

 私の観察はそれと正反対である。統一した社会保障の経済的動機は短時期的なもので、戦略的目標が誤っており、財政上はで持続できない「外国風の躍進」であり、国際競争の中で国際競争力をみずから損なう短視的な国策である。理由は次の通り。

 一は、統一した社会保障は経済上実行できないものである。区域の発展がアンバランスの13億人口を擁する発展途上国で、統一した社会保障システムを確立することは、経済の面から見れば、ユートピア式の「西洋式の躍進」である。統一した社会保障は国有企業の改革に役立たないばかりでなく、財政体系全体までつぶしてしまう。

 二は、統一した社会保障は中国の国際競争力をひどく弱め、外資は労働力のより安い国に流れてしまう。

 三は、当面の小さな政府、大きな市場という世界の改革の流れに逆らうもので、体制面では西側と東ヨーロッパの誤りを繰り返すだけである。

 統一した社会保障は中国の労働力集約型産業の国際競争力をひどく弱める。西ヨーロッパの社会保障はアメリカよりはるかに完備しているが、その失業率はアメリカよりずっと高く、国際競争力もアメリカより弱い。中国が国際資本と労働力集約型産業の移転地となったのは、中国に統一した社会保障システムがなく、労働力のコストが低く、社会負担が軽いからである。社会保障制度を確立、拡大するならば、中国に投資した多くの労働力集約型企業はすぐにも社会保障のない国に移転するだろう。以前の国有企業の規模でさえなおかつ社会保障の一部を支えることができないのだから、現行社会保障制度のいちだんの拡大は全く自分でじり貧の道をたどるだけである。

 ここで指摘すべきなのは、社会保障制度がかならず社会の安定を維持できるとは限らないということである。全国民福祉制度を実行している北アメリカ、西ヨーロッパでは、社会保障を求める貧しい人の群れが農村から大都市に殺到し、中産階級が他所に逃げて、ニューヨーク、ロサンゼルスなどの大都市に貧民窟と犯罪グループが現れ、初期の核心経済区が衰微するという後遺症が残る。人類社会では、数千年来家庭が基本的な社会保障の単位である。社会保障制度は、老後の負担を国におしつけて、家庭と地域社会が解体される、中年の人たちの税負担が重すぎる、婦人が出産を望まない、人口の出生率が低下する、労働力はなはだ不足するという結果を招いた。産業界は不法移民に頼らざるを得なくなり、元住民と新移民の矛盾が絶えずエスカレートしている。

 中国は地域の格差が大きく、統一した社会保障制度が確立されていないため、競争力をもつ青壮年の労働力が都市に流入している。統一した社会保障を実行するならば、貧困地区の大勢の移民が沿海の発達地区にしかけていき、上海、北京などの大都市にニューヨークのような貧民窟が現れる。中国の人口分布がもともと沿海地区に集中しているのだから、統一した社会保障を実行すれば、地区の発展のアンバランスをひどくさせるだけである。

 事実上、上記の問題をさておき、どのように社会保障システムを確立するかを直接討論する時も、中国が社会保障システムを完全には支えられないことを発見するだろう。世界に統一した社会保障システムを確立した発展途上国は一つもない。アメリカのような富める国でさえ医療保障を享受していない人がまだ数千万人もいるのである。現在、中国政府の予算の財政収入はGDP15%前後しか占めていない。およそ社会保障制度を実行している先進国では、税収はGDP3050%以上を占めている。アメリカのような先進国さえカナダのような社会保障システムを実行したがらないのに、中国はどうしてそれを支えることができるだろうか。

 事実上、中国は既存の実際の経験に頼って、西側よりよい持続可能な発展の道を探し当てることができる。それはつまり家庭に根を下ろし、市場に依拠し、小さな政府によって競争を促す民間社会保障システムを発展させることである。

 要するに、国の統一した社会保障システムは人類発展史上の短期間の実験にすぎないが、東ヨーロッパと西側でも、その長期の代価は短期の利益よりはるかに高いものである。いまのところ、統一した社会保障を実行できるような発展途上大国が一つもない。長期の発展戦略から言って、中国は家族が助け合い、子女の教育を重視し、老人を尊敬し、面倒を見るという中国文化の優れた伝統を発揚し、家庭の貯金で老後を保障することを主とし、民間医療保険を補足とし、地域社会の救済を最低保障とする、価格が安く、効率が高く、弾力的で、形式が多様な社会保障システムを確立すべきであって、統一、集中した、効率の低い社会保障システムを確立すべきではない。これは廉潔かつ高効率の小さな政府をつくるのに役立つ。都市と農村の人口の秩序正しい相互移動は地区間の格差を縮小し、人材の流動を励まし、中国の土地税と労働力のコストを下げ、国民全体の教育レベルと都市化の程度を高め、中国の労働者の国際競争力を増強するのに役立つ。

「中国で統一した社会保障システムを実行できない」という見方に反論

 自由原稿執筆者  喬亜平、赫佩菊 現代社会の発展史が立証しているように、社会保障制度(主に社会養老保険と医療保険制度)は国にとって、社会を安定させるものであり、社会経済の発展を促進する役割を果たし、その社会進歩を評価する重要な基準の一つでもある。社会保障制度を確立し、完備させる任務は先進国ではとくに達成され、大部分の発展途上国でも一種の趨勢となっている。世界の170余ヵ国・地域では、戦乱およびきわめて不安定な少数の立ち遅れた国のほか、130ヵ国は程度の異なる社会保障制度を実行しており、一部の国は強制的措置をとって社会保障制度の完備を加速している。例えば、最も早く社会養老保険制度を実施したアメリカの社会保障制度は百年余りの歴史をもっており、立法から実施に至るまでいずれも非常に整っている。西ヨーロッパの多くの先進国の社会保険と福祉制度はいっそう完備したものである。これらの国は生涯働いた勤労者が定年後憂いも心配もなく、幸せな老後を送れるように保障している。

 陳平教授は先進国の社会保障制度と全国民福祉制度を実行した後遺症を総括したが、社会保障制度と全国民福祉制度の実行後に残った後遺症をどれだけ列挙できるか分からず、どのようにしてこれら資本主義諸国の「腐敗現象」を社会保障制度や全国民福祉制度と結び付けるのかも分からず、またその根拠が何であるかも分からない。列挙したこれら資本主義諸国の「腐敗現象」は社会保障制度と関係がないように見える。

 周知のように、いかなる国の社会保障制度の主な資金源も、その制度が確立されたときから勤労者が創出した価値が歴史的に蓄積したものである。先進国が社会保障制度を実施する歴史的状況から見て、社会保障資金は基本的には全国民の所得に対する再分配である。世界では108ヵ国は賃金税、社会保険税、社会税、社会保障寄付を含む社会保障システムを本格的に実行しており、ほかに20余ヵ国は社会保障税と賃金税を実行している。社会保障税は企業を対象として徴収し、国有企業と私有企業、合弁企業と株式企業を問わず、労働力を雇用するものはすべて法に依って納税すべきである。これらの蓄積した資金は法律で調節、実施される。これは現代経済学の基本的常識であり、決して「社会保障制度が老後の負担を国に押しつける」のではない。陳教授はこれらを私たちよりはっきり知っているのだから、頭がおかしくなったのではないのかと疑わざるを得ない。

 陳教授は「13億の人口を擁する発展途上国で社会保障システムを確立することは、経済上はユートピア式の『西洋式の躍進』であり、国有企業の改革に役立たないばかりでなく、財政体系をつぶしてしまう」と語った。ここで、陳教授は余計な心配をしているだけでなく、ちょっとせっかちにもなっている。現代経済学の歴史教科書が教えているように、アメリカと西ヨーロッパの多くの先進国の社会保障システムは、確立から完備まで百余年かかった。中国はまだ発展途上国であり、社会主義の初級段階にあり、国の財力がわりに弱く、短期間に完備した社会保障システムを確立するよう要求する人がいない。わが国の老後保障は短期間に完全に国に頼ることができない。というのは中国がまだかなり長い期間内において基本的養老保障しか提供できず、定年後の生活レベルと生活の質を高めるには個人および社会の多方面の努力に頼らなければならないからである。そのため、多ルートで養老年金問題を解決する必要がある。中国の養老制度改革は多元化に向かい、個人の貯金と投資に頼むことが老後保障資金に占める比率もますます高くなるだろう。養老保険の資金ルートはたくさんあるが、個人の努力が同じでないため、人と人の格差──たとえば、国家基本養老統一調達金、経済的効果がわりによい一部企業が従業員のために購入した集団保険、個人の預金、株式や債券への投資、個人不動産の貸出による収益なども大きくなるだろう。将来は、大多数の人がその一部分を享有することができるだろう。