文化を商品に溶け合わせる民営企業家

 ――赤トンボグループ董事長の銭金波氏を訪ねて

蘭辛珍

 「私はビジネスマンだが、生涯文化と商品との距離を縮めるために尽力したいと思っている」。銭金波氏がこの言葉を口にしたのは一回だけではない。今年10月、赤トンボ印革靴は国家工商行政管理総局と国家品質監督・検査・検疫総局によって「国の最初の検査免除製品」に選ばれ、銭金波氏も中国民俗学会によって「中国靴文化の創始者」に選ばれた。

 1995年、28歳の銭金波氏は浙江省永嘉に赤トンボ靴業有限公司を設立したが、1998年に赤トンボグループに発展した。今年、同企業は「浙江省経済効果最良企業」、「浙江省重点民営企業」になった。

 「これは文化のおかげだ」と銭金波氏は言った。

 銭金波氏が人に与える最初の印象はビジネスマンよりも文化人に似ていることである。彼は金縁眼鏡をかけ、顔はいつも穏やかな笑みをたたえ、人と話をする時は「経典を引用する」のが好きである。

 銭金波氏は赤トンボが「風に逆らって飛び立つ」ように誕生したと称し、「赤トンボは創立の日から、文化を企業発展の蘊蓄とし、企業の活動はすべて文化によって運営される」と語った。

 19958月、銭金波氏は20万元を投じて温州テレビ局と共同で「赤トンボの旅」コラムを開設した。続いて「赤トンボ奨学金」、「赤トンボグルメ文化」、「赤トンボ少年児童番組」、「赤トンボ・カップスター・サッカー競技」、「赤トンボ・カップ山水画コンクール」などのコラムが次々と開設され、同時に年に一度の「赤トンボ・赤い5月」という大型文化シリーズ活動が赤トンボ企業文化の見所となった。ほかならぬ銭金波氏の文化運営により、赤トンボというブランドは短い期間に知られるようになった。

 銭金波氏は在来の文化理論の中から精華を取り出し、それに新しい考えを加えて、現代経営管理の中を融け込ませることに長じている。

 銭金波氏は「赤トンボというブランド自体は濃厚な民族文化の蘊蓄を持っている。赤い色は東方民族の伝統的色彩であり、喜び、吉祥、熱烈という意味を表し、トンボは大自然の精霊で、人類の共通の友である」と語った。

 赤トンボ専売店に入って、まず目に映るのは花、鳥、魚、虫や築山および骨董、書画などであり、景色を観賞する時、さまざまな革靴が置いてあるのを発見する。

 「これはお客さんのためにかもし出す文化の雰囲気で、お客さんに文化を鑑賞するように私達の革靴を鑑賞させる」と銭金波氏は言う。

 赤トンボグループは従業員が1500余人おり、年間に革靴を500万余足生産し、年間売上高は83000万元で、中国の民営企業の中で第1位にある。

 銭金波氏の文化への投入を商業広告行為だと言う人がいる。銭金波氏によると、企業文化は商業広告から離れられないが、二者に本質的な違いがある。商業広告はすぐ効果があがるように求められる販売促進手段であるが、企業文化は無形資産であり、企業競争の長期的戦略である。企業文化はブランド製品、有名企業、有名企業家を生み出すことができる。企業文化は最も活力をもっており、企業が長期にわたって発展できるかどうかは、最終的には文化にかかっている。

 中国軽工業協会会長の陳士能氏は銭金波氏の文化運営を肯定し、「未来の企業間の競争は結局は文化の競争である。企業は文化を必要とし、ブランドも文化を必要とし、企業家はなおさら文化を必要としている」と語った。

 199910月、赤トンボ靴文化研究センターが設立され、銭金波氏は民俗学者、中国民俗学会顧問の葉大兵氏を常務副主任に招き、共に中華の靴文化を整理し、前後して杭州、上海、香港、アメリカで赤トンボ中華靴文化展覧会を6回催した。20015月、銭金波氏は多額の資金を投じて永嘉に中国初の中華靴文化展覧館を建て、紀元前200余年から現在に至る各民族の履物を300点余り収集し、中国靴文化の燦然たる歴史を展示している。200110月、銭金波と葉大兵両氏が編纂した「中国履物文化辞典」が出版されたが、これは中国の規模が最も大きく、語彙が最も多い靴文化辞典で、民俗文化の専門辞典のブランクを埋めた。

 統計によると、7年間に銭金波氏が靴文化の研究に投じた資金は1500万元に達した。「あなたは靴を売っているのかそれとも文化を売っているのか」と聞かれた時、銭金波氏は「正直に言って、私は自分の靴よりも文化のほうが好きだ」と言った。

 銭金波氏の靴文化も氏に豊かな報いをもたらし、赤トンボ印革靴は中国のブランド革靴に選ばれ、販売量が国内第1位で、欧米の市場で一定のシェアを占めている。

 最近、銭金波氏は「国際有名商標をつくる」という発展目標を打ち出し、上海浦東で面積12ヘクタールの新しい工場を建て、イタリアから先進的な生産ラインを導入し、市場細分化の面で先に一歩を踏み出した。