専門家、私有財産保護法律制度の充実について語る

本誌記者 封 ?

中国政法大学教授、博士コース大学院生の指導教官楊振山氏

 私有財産保護は段階的な任務ではなく、便宜的な計画ではない。それは社会主義段階全体の法制建設の戦略的任務である。これは当面の私有財産保護を認める基本的出発点である。

 私有財産はかつて諸悪の根源であると考えられた。社会主義中国成立後のかなり長い歴史的時期において、個人が生産手段を持てば他人を奴隷のように酷使する現象が現れる、社会の公平を求め、搾取をなくし、貧富の差を取り除くため、社会主義は生産手段の公有制を実行しなければならず、所有権特に生産手段の所有権は国と集団の手に集中しなければならず、個人は基本的消費財を持つだけで、生産経営に対し主導権がないと見られていた。理論面では、社会主義公有制の確立に従って、労働力も公有の分野に入り、勤労者はみな生産手段の持ち主である。しかし、事実上、人々はやはり火を分けてかまどを立てて、利益の多元化は客観的な存在である。実践が証明しているように、このような生産力の発展要求を顧みず、私有財産を人為的に消滅しようとするやり方は実行できないものである。生産、分配の単一化と現実的な利益の多元化は、中国の経済制度と社会生活をひどく凝固させ、国と大衆を赤貧の状態に陥れ、国の経済を崩壊の瀬戸際に押しやるものである。

 1970年代の末期に、ケ小平氏は中国で経済体制改革を始めた。私有の富を追求する人々の要求に順応して、国は農村で土地の請負経営を実行し、都市で個人経営を実行し、私営企業を発展させる構想を打ち出した。これは勤労者の積極性と創造力を空前に引き出した。このため、国有、集団、私営企業を行い、経済が急速に発展し、市場が活力にあふれ、国力が増強され、人民の豊かな程度が大幅に向上した。

 私有財産の保護は市場経済発展の要請である。市場経済は多元化の主体が権限を分け、自主的に政策決定を行い、市場を通じて資源を配置する経済である。私有財産は社会の経済活動の多くの面に浸透していき、私有権の客体の拡大は生産力発展の原動力である。法律を制定して私有財産を保護すれば、人々の労働の情熱と創造の活力を引き出すことができる。これは人心と社会を安定させ、法制を健全にすることに対して重要な意義がある。

 個人財産権と私有制はまったく別の事である。前者は憲法あるいは法律の権利であり、後者は社会経済制度である。私有財産の承認と保護は社会主義の反面に向かうことを意味しない。

 社会主義の歴史的段階では、社会がまだ私有財産を消滅させる精神と物質の条件を整えていないため、私有財産の存在はその必然性と合理性がある。共産主義理想の実現は大衆の私有財産権を人為的に剥奪することを前提とすることができないだけでなく、逆に人びとの私有財産所有権は社会主義の歴史的段階、社会主義市場経済の発展過程で、この上なく十分なものにならなければならない。社会と個人の富が大量に蓄積し、人民の自覚が大幅に向上し、財産所有権がもはや必要でなくなった時、それは自になくなる。その前に、強制的にそれを消滅させようとするいかなる観念と制度も有害なものである。

 私有財産の保護は、国民全体の個人財産を保護するのであって、金持ちだけを保護するわけではない。市場経済が強調しているのは機会の平等であって、結果の平等ではない。そのため、競争の中で、貧富の差が現れるのは免れがたいことである。しかし、この問題の解決は私有財産を軽視し、弱め、ひいては剥奪する方法に頼ってはならず、税などの収入調節手段をとって行わなければならない。これは別の問題であり、私有財産の保護と矛盾しない。

 私有財産保護問題の上で、個人の権利と公共利益との関係を正しく処理しなければならない。公共利益が個人の財産を徴収する必要がある時、個人は公共の利益の必要に従うべきであり、いかなる私有財産も公共の義務を負っている。同時に、公共利益の名で個人の利益を犠牲にしてはならず、私有財産を徴収する場合は合理的に補償すべきである。

 私有財産保護の重要な側面として、中国は民営企業に対する保護を強化すべきである。中国の民営企業はある程度発展したとはいえ、その多くは中小企業に属し、国有企業、外資企業と比べて、往々にして弱者である。競争を促し、就職を増加するため、多くの国は中小企業に対し特殊な保護政策があり、中国も納税、輸出入、貸付けなどの面でより大きい優遇政策と発展の空間を民営企業に与えるべきである。

各地には程度こそ違うが行政権力私営企業の財産を損なう行為があり、それによって私営企業主は自分の経営前途を心配している。このような状況がちゃんと改善されなければ、中国の社会主義市場経済の重要な基礎がこの上なく損なわれるだろう。

 『民営企業保護法』を制定するかあるいはまず『民営企業保護条例』を制定し、民営企業の財産所有権保護の基本的要点、特に行政権力がほしいままに民営企業の経営に干渉し、不法な費用を割り当てたり、やたらに費用を徴収するなどの行為に対し禁止的と処罰的な規定を行うことを明確にして、民営企業が安心して大胆に発展し、堂々と自分の財産権を保護するのをできるようにすることを提案する。

 16回党大会の精神によれば、次期全国人民代表大会開催は、私有財産の不可侵という条文を憲法に書き入れ、民法の中で国、集団、個人の3種の形式の所有権に対し同じ保護原則を実行すべきである。

 私有財産の保護は、『憲法』の改正、『民法』、『商法』の調整にかかわるだけでなく、『経済法』、『行政法』と『刑法』など一連の法律の充実問題にもかかわっている。

労働と社会保障部労働賃金研究所の廖春陽氏 

 わたしは個人財産権を憲法に書き入れる時機がすでに熟していると思う。

16回党大会の報告は「個人財産を保護する法律制度を充実させ」なければならないことを明確に提出している。「個人財産」と「私有財産」は完全に同じものではなく、的確な法律概念ではないが、「個人財産を保護する法律制度」は実際は私有財産権制度である。この概念が有史以来党の全国代表大会で正式に提出されたことは、画期的な意義がある。

 長年来、マルクス主義の経典論著に対する一方的な解釈のため、われわれの主流のイデオロギーはずっと私有財産という概念を拒否していたが、現在、個人財産の観念が市場経済の発展に伴って日ましに人びとに受け入れられ、主流のイデオロギーの構成部分となった時に、国の法体系全体の核心的地位にある憲法は、すかさずこの要請を反映する必要がある。

 中国の現行憲法が私有財産を保護していないと考えるのは、実際に合わない。憲法第十三条第1項は、「国は公民の合法的収入、貯金、家屋とその他の合法的財産の所有権を保護する」と規定している。この規定は列挙プラス概括の方式で国が保護する個人財産の範疇をはっきりしないと指し示している。総じて言えば、現在憲法の公民の財産権についての規定は私有財産権をはっきり否定しておらず、わりにはっきりしない方式をとってこの概念を回避して、若干の弾力的な規定を通じてそれを絶えず変革する社会の現実に適応させている。積極的な意義から言って、このようなわりに強い適応性は経済分野の変革にあまりにも大きな阻止力になることがなく、その歴史的価値は抹殺を許さないが、これは無条件のものではない。というのは、法律規範のあいまいさ、不明確さが関係法律条項の適用に不利であるだけでなく、法体系全体の明晰性、予測性、操作可能性にこの上なく大きな危害をもたらすことさえあるからである。特に憲法は、国の法体系全体におけるその核心的地位がいくつかの基本的な概念、原則などについて規定を行うことを求めた時、法律制定技術の運用を非常に重視して、一方では憲法文書の簡潔と明晰を保つこともできれば、他方では法体系全体の確立のために効果的な枠組みをつくり上げるとこともできるようにしなければならない。

 憲法の中で私有財産権という法律概念を明確にすべきである。これは形式上の意義だけを持っているのではない。1つの制度の確立、1つの新しい概念の導入、ないし1つの新しい言い方の出現のもたらす深遠な影響は往々にして短期内に一般の人が予想しがたいものである。

 私有財産権に対する憲法の保護は人々の観念に影響をもたらす。私有財産権はある程度個人の延長と見なされ、それに対する承認と保護は個人が自己制約メカニズムを構築するのに役立つ。この意味から言って、個人を尊重することと他人を尊重すること、個人の自由と社会の自由を包容することは、いずれも私有財産権の確立を通じて実現する必要がある。同時に、個人財産権は人々が権利の観念を樹立し、それによって公共権力の不正当な拡張を防ぎ止めることに対しても重要な意義がある。改革・開放以来、中国が個人の権利意識の面でも、国家権力を制約する面でも、長足の進歩をとげたが、近代的な法治国家樹立の要求とまだ長い距離があるというべきである。憲法の中で個人財産権の概念を明確にすることは、長い目から見て法治国の建設に積極的な影響をもたらす。

 憲法の中で個人財産権が法体系全体に比較的大きな影響をもたらすことを明確にする。

 まず、憲法の中で個人財産権を回避すると、その他の法律の中でも回避することしかできなくなる。たとえば、民法通則第75条第1項は「公民の個人財産は、公民の合法的収入、家屋、貯金、生活用品、図書・資料、林木、家畜、法律が公民の所有を許した生産手段およびその他の合法的財産を含む」と規定している。憲法第十三条の公民の財産権についての規定と比較すれば、この規定はただ個人財産の形式を数種余分に列挙したにすぎない。しかし、このような一つ一つ列挙する方法は個人財産の範囲の的確性と完全性を保証することができない。もし上述の表現を私有財産に改めるならば、内包がはっきりするだけでなく、社会主義市場経済体制下の収入源の多元化という客観的現実にも合致する。

 次に、憲法と民法が私有財産という概念を使わないため、「合法的収入」という表現を使用するわけにはいかない。憲法自体が法体系の中で最大の効力をもつものであるため、何が合法的なものであるかは憲法の下にある法律、行政法規などによって決定することしかできない。これは明らかに合法的な財産権に対する憲法の保障にとても不利であり、憲法自体の機能にも合致しない。法体系全体の確立から言って、このような言葉遣いは憲法の規範とその他の法の規範の間に一種の循環論証関係を形成し、法体系全体の内在的構造を傷つける。

 第三に、個人財産権の確認と保護は権利――権力関係を基礎的概念とする法体系の確立に直接かかわる。社会主義市場経済体制の確立とWTO加盟に従って、中国の法律が国際とリンクする必要は日ましに際立っている。こうした背景の下で、公民の権利と国の権力は実際には法体系全体を構成する基礎的概念となっている。

 最後に、最も直観的角度から言って、憲法の中で個人の財産権を承認するのは、憲法、法律が現実の生活との結びつきがあまり緊密でない状況を解決し、憲法と法律に対する人民の認同感を強化するのに役立つ。

 1982年以来の3回の憲法改正は経済制度の調整にかかわっているが、憲法第十三条の規定だけは改正されていない。これは遺憾なことと言わざるを得ない。現在、「個人財産」という概念が16回党大会の報告の中で提出されて、これらの面の進展に根拠と契機を提供した。