普及し始めたカウンセリング

封せい

辺鄙な山村で育ったある若い女性は、幼いころから非常に保守的な教育を受けてきた。彼女は、貞操は命より大切だと考えていた。数年前に大都市で生活するようになって、同年の女性たちが余りにも開放的な生活を送っているのに驚かされる。彼女にとって、それはかなり新鮮で刺激的なものだった。だが、非常にナウいと自分でも思う生活スタイルを始めるにつれ、自己矛盾に陥ってしまう。感情を傷つけられると、極度の心理的苦痛にさいなまれた。

結婚して何年もたつある夫婦は、性生活がめっきり少なくなった。妻は夫が自分に全く興味がないのではと考え、色やデザインの違うネグリジェに替えたが、夫が変化に少しも気づかないことにがっかりさせられた。

息子を溺愛してきたある母親は最近、子供の将来のために長い間、自分の精力と金銭を注いできたが、成年に近い息子は度胸がなく平凡で、学校の成績も悪く、何事に対しても自分の考えを持っていないことに気づいた。性格はひねくれ、理由もなしに怒鳴り散らすことが多くなった。

こうした個人的な悩みはこれまで親族や親しい友人にこっそり打ち明けたり、自ら耐えることしか方法がなかったが、今では新しい“救世主”が出現。カウンセリングだ。

上記の事例はインターネット上で検索したもの。中国では最高クラスの病院や大学、一部の科学研究所にカウンセリング科が設置されているほか、民間の相談所も急速に増えている。このほか、無料あるいは有料の電話相談やインターネット上でもカウンセラーのアドバイスが受けられる。

中国にカウンセリングが出現したのは、50年代末以降。中国科学院の心理研究所が相談を受けていた。だが、カウンセリングは数十年続いてきたものの、多くが心理的疾病として扱われて心の相談とは言えず、しかも特殊なグループとして見るだけで社会全体に目は向けられてこなかった。80年代中期になって一部の病院の精神科医がカウンセリングを開設し、社会を視野に入れた心の相談が本格的にスタートした。カウンセリングが急速に発展し始めたのは90年代から。この2年間はさらに飛躍的に進展した。

利用が急速に増大

劉明氏がカウンセリングセンターを開いたのは2001年。開設当初、1週間も患者が来ない日もあったが、今では毎日相談に訪れる人がいる。「どうして増えたかは分からないが、社会の需要が増えている中、センター自身の成熟度と知名度が影響しているのではないかと思う。この2年間に、確かに利用者は増えた」と話す。現在、カウンセラーは2人いる。これまで赤字状態が続いてその額は20万元にのぼるが、今年は初めて黒字が見込まれるという。

カウンセリングの需要は北京でSARS(新型肺炎・重症急性呼吸器症候群)が大流行した時にピークとなった。中国科学院心理研究所の若い高文斌博士は「我々の研究所が開設したSARSによる心のケアでは、800人を超す人から電話があった。またSARS患者を受け入れている医師や看護師、患者に対してもケアも行い、効果を上げた」と話している。

衛生部の統計によると、精神や心を患っている人は全国で1600万人にのぼり、総人口の1.23% を占める。3億4000万人いる青少年では、学習や情緒、行動などで心理的な問題があるのは3000万人。こうしたケース以外にも、何か問題にぶつかったり、出世や成功を考える時にカウンセラーに相談することもある。

卒淑敏女史は「カウンセリングの急速な発展は、一定の段階まで成長した社会では必然的な現象だ」と指摘する。卒女史は著名な作家で、医師でもある。数年前、北京師範大学のマスター・ドクターコースで心理学を学んだ後、知人とカウンセリングセンターを開設した。卒女史は「人間の生きる要求は層によって異なるが、経済発展や生活レベルが向上するに伴い、人々はより高い精神的生活を求めるようになる。中国人はこれまで、今のように自身の内的世界に関心を持つことはなかった」と強調。そして「同時に中国人は今、巨大な心理的抑圧にさらされている」と指摘する。中国は5000年の歴史を持つ古い国であり、改革開放が始まってこの20数年の間、固有の文化や伝統は一挙に入って来た西側の様々な考え方に強い衝撃を受け、人々の価値観はある意味で混乱、多元的な状態にある。様々な新しい事象の出現に目を奪われ、生活のテンポは日増しに速まり、競争の圧力もにわかに強まるなど、ほとんどの中国人は巨大な心理的抑圧を受けるようになった。

卒女史は「中国では今、カウンセリングが他の国以上に重要になっている」と強調する。

北京でのカウンセリング料は一般に1時間100−500元で、800元あるいはそれを上回るところもある。一般市民の収入から見れば、決して楽に支払える額ではない。では、どんな人がカウンセリングを受けているのだろうか。

劉明さんによると、利用者は“成功者”と呼ばれる企業の社長や海外の華僑、外資系企業のホワイトカラーなどの比率が高い。心の問題のほか、より良い心理状態になりたいと診察に訪れるのだという。結婚で悩みのある人や大学生もいる。

ハルビンに住むカウンセラー、蘇暁波氏は「大多数は、自分自身を強くしたいと願う人です。職業や階層、心の問題の軽重は余り関係ないようだ」と説明する。

中国心理衛生協会の副会長で、中国科学院心理研究所の郭念峰研究員によると、この数年、部隊や国有企業、外資系企業、学校、刑務所などからカウンセリングの協力依頼が増えているという。

カウンセラー、患者と共に成長

蘇暁波氏は記者が知る限り、国内で最も早く個人の診療所を開いたカウンセラーだ。黒竜江省の省都・ハルビンにある彼の診療所は今年8月で丸8年を迎える。

蘇さんは1980年代中期にハルビン医科大学を卒業。その後、黒竜江省医院に8年間、内科医として勤めた。彼は大学時代にフロイトに強い関心を寄せ、フロイトの理論や精神世界に深く引き付けられた。1993年8月、退職して個人診療所を開設。「中国のフロイトになりたかったから」。

「振り返ると、理想主義者の冒険だった」と蘇さん。10年前、多くの青年インテリがフロイトを崇拝したが、カウンセラーになりたい、あるいはカウンセリングを受けたいと思う人は極めて少なかった。

彼の診療所のカウンセリング料は1時間100元。黒字だが、利益は少ない。蘇さんは「国民の収入はまだ少ない。カウンセラー自身もレベルの高い研修に参加するためかなりの金額を必要とするが、研修によって非常に適正化された診療所になるので、生活は何とか維持できる。だが、大金は稼げない。診療所を開いたのは、金を稼ぐのが動機、目的ではなかった。この業種は将来性があると考えたからだ」と話す。

さらに蘇さんは「開業以来の最大の利益は、自分が人格的に成長したことだ。自分に診療所を開かせた最大の力が、フロイトと同じであることにも気づいた。長年にわたり実践を重ね、常にハイレベルの研修を受けてきた過程で、心のケアに当たって治療のプロセスを真に決定づけるのは、理論ではなく、技巧や方法でもなく、カウンセラー自身の人格だ、ということを徐々に意識するようになった。カウンセラーの人格の健全度と完ぺき度が、カウンセリングの効果を上げる。カウンセリングを学び続けると同時に、カウンセラーとしての自己認識と自己成長も永遠に続けていかなければならない」と強調する。

 

適正化が待たれる。

取材の過程で接触したカウンセラーはいずれも患者の情報について固く口を閉ざし、いかなる具体的事例に関しても言及しなかった。蘇氏も、すでに完治しているので公開が許される事例に関しても口にすることはなかった。類似の事例が多いため、メディアが公表すれば、その他の患者に不必要な猜疑心を起こさせる可能性がある、というのがその最大の理由だ。

患者の秘密保持は、カウンセラーが厳守しなければならない職業道徳の1つ。中国心理衛生協会の郭念峰副理事長は「職業道徳はカウンセラーが診療を行う上で最も重要な条件である。これがこの業種に従事する基本的な前提であり、この前提なしに業務レベルの高低など語れない。大多数の免許を持つカウンセラーの職業道徳の水準は信頼できるものだ、と言っていい。一定のレベルも備えている。だが、全てがそうだというわけではない」と話す。

カウンセリングが始まって時間は短いが、急速に発展してきたため、従事者のレベルはまちまちで、管理も適正化されていない。大きな問題はまだ起きてはいないものの、郭氏のような心理学の専門家や政府の関連機関は懸念を示している。こうした心配やカウンセリングの発展の促進から、一部心理学者の呼び掛けに応えて、労働・社会保障部は『カウンセラーの国家職業基準』を制定した。基準策定の起草に参与した郭氏によると、基準は初中上級の3等級に分類し、従事者は自己の状況に即して等級を選択して試験を受け、認定されればその等級の証明書を発行する仕組み。現在、政府関係機関はカウンセリング協会が実施する具体的事項を検討している。

国外の資格基準と比較すると、カウンセリングに従事するハードルはずっと低くなっている。あるドイツの心理学教授は「第1世代のカウンセラーが完全であるはずはない。それはドイツも同じだった。重要なのは、始まった以上、それが良い方向に発展することだ」と指摘する。

国内で最も早く心理学研究とカウンセリングに着手した中国科学院心理研究所は、電話による無料カウンセリングのほか、科学院に勤める職員やその家族、周辺地区の市民を対象に相談所を開き、多くの経験を蓄積してきた。これを基礎に、先ごろカウンセリングセンターを開設した。同センター秘書長の高文斌博士は「センター計画は早くから練っていたが、様々な原因から延び延びになってしまった。だが、今がちょうどその時機だと考えている。社会のニーズや支払能力、カウンセリングに対する認識も非常に向上したからだ」と説明している。

同センターでは現在、心理研究所の約10人の専門家が働いているが、いずれも大きな成果を上げた研究員や若い博士たち。診療費は1時間当たり80−120元と、徴収基準としては北京では低いほうだ。高文斌博士は「センターは営利が目的ではない。その社会的利益をより重視しており、これによってカウンセリング業が健全に発展し、中国人の生活が質的に向上していくのを願っている。センターでは厳格な管理や診断、治療、治療の評価、カウンセラーの研修や監督などはいずれも適正に行われており、カウンセリングの模範になればと考えている」と話す。