WTO農業交渉、行き詰まりは打開できるのか?

程国強

(国務院発展研究センター)

WTO(世界貿易機関)は今年9月10日から14日までメキシコのカンクンで第5回閣僚会議を開き、新たな貿易自由化交渉(新ラウンド)の進展をめぐって中間段階のアセスメントを行い、関連問題についての決定を目指すことになった。しかし、WTOドーハ会議(第4回閣僚会議)の多角的貿易交渉の主要議題としての農業交渉はいまだに進展を見せていない。国際社会は9月にカンクンで開かれる閣僚会議と新ラウンドに対し深い憂慮を抱いている。カンクン会議開催までわずか2カ月足らずしか残っておらず、農業交渉の行き詰まりが打開できるのかは疑問視されており、期限通りに交渉を終結させるためにはまだ次の大きな不確実性が存在する。

一、 農業交渉は従来から難点であった。1986年のウルグアイラウンドにおいて初めて多角的交渉に盛り込まれたが、アメリカとヨーロッパの農業補助金問題における食い違いによって、交渉は数回も難航に陥り、ウルグアイラウンドは4年間も延び延びになってやっと終結にこぎつけ、1994年にようやくウルグアイラウンド「農業協定」をまとめあげた。新ラウンドでは各交渉側の食い違いが前回より少ないとは言われず、交渉が先送りされる可能性は大きい。

二、 各加盟国間の利害衝突が大きいので、協調は難しい。農業交渉では、輸出国と輸入国の利害衝突、先進加盟国と開発途上加盟国の激しい矛盾、新旧加盟国間の食い違いがあり、さまざまな利益関係が複雑に入り組んでいて、交渉の難度はいかなる分野よりも大きいというわけである。

まず、農産物輸出国としてのアメリカとケアンズグループ加盟国は、自国の強大な農業競争力に頼って、市場アクセスの拡大、農業補助金の大幅削減または撤廃によって、交渉プロセスを推進することを強く主張しているが、欧州連合(EU)、日本、韓国、スイス、ノルウェーなどの農産物輸入国は、農業における非貿易的関心事項を強調し、意識的に交渉のテンポをスローダウンさせている。そのため、交渉難航は随時起こりうると見られている。

その次、WTO加盟国の80%が開発途上国であるが、途上国の利益はばらばらで、交渉能力が低い。例えば、ブラジル、アルゼンチン、タイ、インドネシア、マレーシア、フィリピンなどの国はケアンズグループの加盟国であるため、多くの面でアメリカのような立場をとっている。アメリカの提案は世界市場をさらに占めようとするその企みを反映するものであり、開発途上国の特異性に何の考慮も払わないものである。インド、パキスタンなどの加盟国は一方では先進国に補助金を削減し、市場アクセスを拡大するよう要請し、他方では開発途上国の特異性を強調し、関税のさらなる引き下げを公約していない。一部の太平洋島国と内陸国も自国の特異性を強調し、特別待遇を求めている。開発途上加盟国は交渉の面で協調を強化しなければ、先進加盟国が農業交渉を主導する局面を変えることができず、途上国の利益はさらに周辺化されることになろう。

また、中国とリトアニア共和国などの国々は、新規加盟国に対し新たな関税譲許約束を免じることを提出している。

三、 農業交渉はまたその他の交渉の影響も受けている。WTOの包括的交渉の構成部分として、農業交渉は全交渉プロセスにも影響を及ぼし、その他のアジェンダの交渉プロセスにも影響される。例えば、非農産物の市場アクセス、貿易関連の知的所有権、ルール(反ダンピング)などをめぐっての交渉は、敏感な農業交渉よりも遅い。包括的交渉なので、最後の時点にならなければ、加盟国が農業問題をめぐって協定をまとめることは難しい。

ところが、EU加盟国では今年6月26日に、農業補助金削減、農業補助の方式の調整、農業生産とリンクしない直接補助金の増加を主な内容とする「共通農業政策(CAP)」が採択され、国際社会に歓迎され、WTO加盟国の多くはこれで農業交渉の展望に対し慎重さを伴った楽観を抱くようになっている。

各加盟国は農業問題で合意に達せず、真の農業改革を行わなければ、貿易自由化をめぐるWTO新ラウンド交渉は難航し、ひいてはサービス貿易や貿易ルール、反ダンピングおよび非農産物関税などの分野の交渉に影響を及ぼし、ドーハ交渉も結果が見られないままで終結することになろう。

交渉のスケジュールはきついものであるが、新ラウンドで2つの立場を断固として堅持しなければならない。@新しい農業ルールが開発途上加盟国の農業の特異性を明確にし、新しい農業協定のあらゆる条項は途上加盟国に実際的な特別かつ異なった待遇を規定すること。A農業補助金の削減、いかなる形態の貿易障壁の撤廃、開発途上加盟国に対する市場開放など先進加盟国の約束厳守を要請することである。

それと同時に、先進加盟国の農業高額補助金による開発途上加盟国の市場への衝撃を効果的に抑えるため、新たな特別セーフガードをとる前に、とくに途上国のための「補助金特別対策」を講じ、途上国に先進加盟国の輸出補助金に対処する権利を与え、そして、途上国の政府の管理能力に基づいて始動手続きを簡素化させるべきである。開発途上加盟国の食料安全と開発目標の実現を確保するため、「ディベロップメント・ボックス」条項を設け、途上国が安全な食料などの農産物(または戦略的農産物)に対し関税引き下げをコミットメントする必要はなく、これらの産物に対する関税が低すぎるなら、途上国に再交渉を求める権利があるなどを規定すべきである。また、今年の末に期限切れとなる「WTO農業協定」第13条の「平和条項」を廃止し、新しい農業ルールの中の農業補助金規定を厳格にし、先進加盟国の農業補助金の合法化継続を防止する条項を設けるべきである。

WTOの新ラウンド農業交渉は2000年にスタートし、各加盟国の呼応と支持を得た。2001年11月にカタールの首都ドーハで開かれた第4回閣僚会議で発表された「ドーハ宣言」は、農業交渉の内容と方向を明確にした。ドーハ会議で合意された交渉アジェンダによると、2003年3月31日以前に農業交渉のモダリティを確立し、9月のメキシコ第5回閣僚会議以前に各加盟国が譲許表案を提出し、WTO多角的貿易包括的交渉の構成部分としての農業交渉は2005年1月1日以前に終結するものとなっている。

また、WTO農業交渉議長のスチュアート・ハービンソン氏は交渉アジェンダに従って、今年2月12日に特別会合議長の名義で農業交渉モダリティの原案(以下「ハービンソン提案」と略称)を提出した。ハービンソン提案の目標は、各側とも受け入れられる関税譲許モダリティを確立し、各加盟国がそれに基づいて譲許のコミットメントを行うようにすることである。その内容の骨子には、農産物の市場アクセス、輸出競争、国内支持の三つの面が含まれている。この提案によれば、先進加盟国は5年間で農産物の関税を最低25〜45%、平均40〜60%引き下げ、6年間で輸出補助金を50%削減し、10年後にそれを全部撤廃し、国内農業補助金を60%削減する。

「ハービンソン提案」が打ち出されると、激しい批判を浴びた。3月18日にハービンソン氏は各側の意見に基づいて提案を改正したが、各側の不満は変わってはおらず、交渉モダリティでは3月31日までに合意を見るに至っておらず、交渉は難航に陥った。4月から7月中旬にかけて、ハービンソン氏は非公式の技術的話し合い会合を11回も開き、交渉の再開を目指していたが、何の進展も見られなかった。総じて言えば、各側に主に次の三つの食い違いがある。

1、 農産物関税の引き下げ。アメリカとケアンズグループ諸国は、ハービンソン提案の市場アクセスの目標が市場アクセスを大幅に拡大するという「ドーハ宣言」の要請と隔たりが大きいとし、「スイス・フォーミュラ」方式で五年間で先進加盟国の農産物関税を25%に引き下げることを主張していた。日本、EUおよびノルウェー、スイスなどは、先進加盟国の全農産物関税を平均して36%引き下げ、すべての品目が最低15%引き下げるというウルグアイラウンドで決められた引き下げ方式を引き続きとるよう要請している。

2、 国内支持。アメリカは、国内の農業補助金を大幅に削減し、5年間ですべての加盟国の国内支持の総量(黄の政策による補助)を農業総生産額の5%以内に制限するよう主張している。ケアンズグループ諸国は先進加盟国に1年目に農業補助金を50%削減し、5年間ですべての補助金を撤廃するよう提出している。日本、EU、韓国などの国は、ウルグアイラウンドで合意された譲許モダリティに従って、国内支持総量の55%を削減することを提案し、加盟国に融通性を与えることを強調している。

3、 輸出補助金。アメリカは5年間ですべての輸出補助金を撤廃することを主張しているが、ケアンズグループ諸国は3年間でそれを済ませることを提案している。EU、日本などの国は「ドーハ宣言」に輸出補助金撤廃の具体的な時間が規定されていないということで、すべての輸出補助金撤廃に拒否の姿勢を示し、平均して45%を削減することを提案している。

このほか、EU、日本、韓国、ノルウェー、スイスなどの加盟国は非貿易的関心事項を農業保護、農産物貿易自由化を遅らせる理由としており、市場アクセスというアジェンダの下で食料安全、ラベル、地理的標識など非貿易的関心事項を討論するよう主張している。EU、日本は「ハービンソン提案」が非貿易的関心事項に配慮していないことに不満の意を表し、それは不公平だと非難している。アメリカは非貿易的関心事項を農業交渉に盛り込むことに強く反対し、それは食品法典、衛生と植物の衛生措置協定、技術的貿易障壁協定、貿易と関連のある知的所有権協定などにそれぞれ属するべきだと見ている。

中国はWTO加盟後の2002年9月にWTOに農業交渉提案を提出し、初めてWTOの農業交渉をめぐる新多角的貿易交渉に参加した。中国の基本的な立場は、@新ラウンドは公平な競争の原則に基づいて、貿易障壁を取り消し、農業に対する保護を減らし、開発途上国の市場アクセスの機会を増やし、農産物の公平な貿易を促すこと。A開発途上加盟国と後開発途上国の農業発展の実情と需要を十分に考慮させ、交渉の結果が各側の利益を具現する上で相対的なバランスをとるようにする。B新規加盟国に特別かつ異なった待遇を与え、新規加盟国がいっそうの譲許を行わなくてもいいということを認めるべきである。言うまでもなく、「ハービンソン提案」は全般には中国の交渉目標と隔たりがあり、中国の利益に合致しないものである。