人民元切り上げの恐怖症を取り除くべきだ

余永定

当面、人民元の為替レートが世論の注目する的となっている。実際には、中国のマクロ経済情勢にとって、為替レートの問題はいまのところ1997年のアジア金融危機後の一時間に見られたような緊迫さと重要さにはとても及ばない。当面の情勢の下で、切り上げの幅が非常に大きい場合を除いて、人民元の切り上げをするかどうかが中国の経済にもたらす影響は限られたものである。しかし、メディアと経済学者がほとんど人民元の切り上げに反対する状態の下で、論議に値する観点はたくさんある。

中国が実行しているのは「市場の需給を基礎とする単一的な、管理付きの変動為替制度」である。管理付きの変動為替制度の下で、中心の為替レートをめぐってある指定された区間内の為替レートはある程度変動することができる。中心為替レートも一定の規則によって設定、調整することができる。長期以来、内外の一部メディアは中国の為替制度がドルの定率制(1ドルが人民元8.27に兌換)にぴったりついていると見ている。事実上、中国は1994年から管理付きの変動為替制度を実行している。中国がアジア金融危機期間にドルにぴったりついていく為替政策をとったのは確かにやむを得ないことであった。中国はこれまでドルにぴったりついていくという固定した為替制度の実行に切り替えたと発表したことが一度もない。

1997年にアジアで金融危機が発生し、中国が一時的に人民元をドルにぴったりついていく政策を実行した際、中国の経済学者は、ひとたび人民元が切り下げの巨大な圧力から解かれたなら、人民元をドルから離脱させ、管理付きの変動為替制度を回復すべきであると一致して考えた。しかし、いまみんなが人民元をドルと離脱させることを口にしないのはなぜだろうか。理由は簡単である。それというのも、最近一時期に、ドルは世界のその他の主な貨幣に対し切り下げを行い、人民元もドルの後について世界のその他の貨幣に対し切り下げを行い、同時に、人民元はドルと同じようにある程度過小評価されているため、いったんドルと離脱すれば、人民元は全面的に切り上げをするからである。

切り上げを恐れるのはなぜだろうか。その原因は次の三つにほかならない。一は切り上げの後、中国の貿易黒字が減り、貿易赤字が現れる可能性さえある。経済成長はそのために遅くなり、しかも就職の増加に対してそれ相応に不利な影響をもたらす。二はひとたび切り上げをすると、切り上げに期待がかけられ、それが投機的資本の流入を招いて、金融の安定にショックを与える。資産バブルが現れるのはその一例である。三は人民元の切り上げは通貨引締めの悪化をもたらす。以上の三つの論点はなるほどそのとおりであるが、限度ある切り上げに反対する十分な理由にはならない。

第一の理由について、これはあまり信じられないと思う。これは三つの面から説明することができる。まず、中国の対外貿易は輸出加工工業を主としていることである。輸出加工工業製品の主な特徴は輸入品が大きな部分を占めていることである。本位貨幣で計算すると、切り上げのもたらす輸入材料、中間製品の値下がりは輸出製品の値下がりを相殺する(1ドルの売上高は、人民元に換算すると8.27元よりも少ない)が、輸出加工企業の利潤獲得は人民元の小幅の切り上げから重大な影響を受けるようなことがない。

次に、中国の普通の輸出商品の価格に見られる弾力性は、これら商品自体の性質から、全般的に見てかなり低いものである。国外の市場で、中国の輸出商品価格の限度ある変動は消費者の中国商品に対する需要を大きく変えるようなことがない。中国の輸入の変化は往々にして価格以外の要因に決定され、ひいては価格法則通りに事を運ばない(石油の価格がいちばん高い時に石油を大量に輸入するのはその一例である)。このため、切り上げの幅が大きくない状況の下では、中国の貿易は大きな影響を受けるようなことがない。

最後に、経済成長にとって、貿易赤字が現れるのは必ずしも悪いことではなく、カギは経済効率にある。もし貿易赤字が高効率に駆動される高額投資によってもたらされたのであれば、コントロールできない場合を除き、それは悪いことではないだけでなくて、よいことである。

二番目の理由については、これは「理由にならない理由」であると考える。国外の投資家は普遍的に人民元を20ないし30%低く評価している。中国の国際収支均衡が逆転しない限り、中国が人民元の切り上げをしないといくら宣言しても、この宣言は信用に足りないものである。投資家はそのために人民元の切り上げへの期待を変えるようなことがない。逆に言って、人民元の小幅の切り上げがこのような早くから存在している切り上げへの期待を大幅に強化するようなこともない。一歩譲って言っても、人民元の切り上げに強い期待がかけられても、中国の貨幣当局は依然として選択できる投機的資本の流入を抑制する方法がたくさんある。人民元を一度に大幅に切り上げて、投資家の切り上げへの期待を取り除くことはその一例である。

人民元の切り上げに反対する三番目の理由も論議に値する。貿易黒字の減少あるいは成長速度の低下を通じて、人民元の切り上げは確かに総需給の減少あるいは成長速度の低下によって、物価レベルあるいは物価上昇率に、下がるように圧力をかけることが可能である。しかし、経験も研究も、人民元の切り上げが物価と物価上昇率の低下をもたらす確かな証拠を提供することができない。

多くの経済学者は中国の為替制度にある程度の融通性を持たせるべきだという見方に賛成し、人民元の切り上げは長期から見て避けられないと考えさえしている(事実上、この点はまだまだ言いにくい)。しかし、いまはまだ人民元切り上げの最もよい時機ではないとこれらの経済学者は考えている。

時機が熟していないと考える論拠は主に二つある。一は中国の金融体系が非常に脆弱なことである。二は中国の国際収支黒字が主に貿易黒字ではなく資本プロジェクトの黒字でもたらされたものである。第一の論拠への回答は、多額の不良債権が存在するため、中国の金融体系は確かに脆弱である(どれほど脆弱なのかについて別に討議してもよい)。もし人民元が大幅に切り下げられるなら、金融危機をもたらす可能性が大いにある。これは1997〜1998年に人民元があくまで切り下げをしない主な原因でもある。しかし、人民元が切り上げをするなら(しかも切り上げの幅が限られている)、金融体系に重大なショックを与えるはずがない。切り上げへの期待と切り上げの圧力は逆に金融改革にわりにゆったりした条件を提供するかもしれない。そのため、当面の条件の下で、もしかしたら人民元の切り上げへの期待をなくす必要がないだけではなく、そのような期待を保つべきである。

二番目の論拠に含まれた命題は、中国の為替レートは中国が多額の貿易黒字を持続的に獲得できるのを保証しなければならないということである。現段階では、中国はどうしても貿易黒字を持続的に保つ必要があるのかどうかはより根本的な問題であり、それをより多く討議すべきである。

一つの国がどれだけの製品を輸出するかは当該国がどれだけ製品を輸入するかによって決定される。しかし、いずれにしても、特定の状況を除いて、貿易黒字の獲得は一国が国際貿易に従事する目的となるべきではない。人民元の為替レートを引き下げると貿易黒字を増やすことができる。しかし、このような状況の下で、貿易黒字が増加すると同時に、中国の貿易条件が悪化する(実物で計算する外貨兌換のコストが上がる)。社会福祉と資源配置の角度から見れば、為替レートの引き下げ(または実際の為替レートの引き下げ)を代価として長期の貿易黒字を維持するのは引き合わないことであるかもしれない。

事実上、ほんとうに効率のある企業は切り上げを恐れないものである。人民元の切り上げは、効率の低い企業を輸出市場から退かせ、国際市場における中国企業の悪性競争を減らすことができる。その結果は貿易条件が改善されると同時に、中国の貿易黒字が減少するどころか、逆に増加する可能性がある。切り上げのため、企業は安価な労働力に頼るだけではなく、生産効率の向上を通じて競争での優位を維持する内在する原動力が強化されるだろう。従って、長期の角度から見れば、人民元の適度な切り上げは企業の技術進歩加速を促すことにも役立つ。

貿易が黒字を維持しなければならないという観点と関連して、人々の頭の中に、中国は多額の外貨準備を維持しなければならず、その上外貨準備は年を追って増えなければならないという根強い観点を持っている。確かに、一国は一定額の外貨準備がなければならない。しかし、問題は外貨準備が果たして多ければ多いほどよいのかどうかである。もし答えが否定的なものであれば、外貨準備はどのようなレベルに維持すべきなのか。

外貨準備があれば、流動性、安全性、安定性などの利点をもたらすことができるが、これらの利点を手に入れるのには代価を払わなければならない。ここにはコストと収益を分析する問題がある。換言すれば、外貨準備は最良のレベルに保つべきである。理論上から外貨準備の最良のレベルを確定するのは難しい。しかし、各国の経験は参考にすることができる。伝統から言って、一国の外貨準備は当該国の3カ月の輸入量に等しいレベルに保つべきである。この基準によると、中国は880億ドルの外貨準備があれば十分である。事実上、中国の外貨準備レベル(今年6月末現在は3465億ドルに達した)はとっくに国際公認のすべての安全基準を大いに上回っている。

それでは、中国に外貨準備を引き続き増加する理由がまだあるのだろうか。外貨準備を使って外国為替市場に干与して、為替レートの安定を維持するのは必要であり、これは管理付きの変動為替制度の重要な特徴の一つである。しかし、1国の貨幣がはなはだしく高く評価されるなら、外貨準備を使って干与し、為替レートの安定を維持するのは非常に冒険的なことである。国際投機家の強大な攻勢を前にして、切り下げをする(1992年にイギリスがしたように)かまたは資本管制を回復または強化する(アジア金融危機が発生した時マレーシアがしたように)かの2種類の選択しかない。外貨準備を使って外国為替市場に干与するのは十中八九負ける博奕である。苦労してかせいだ多額の外貨準備を残らずすった後、最後に貨幣の切り下げをせざるを得なくなる。タイ、インドネシア、アルゼンチンなどは戒めである。中国がアジア金融危機の中で人民元の安定を維持することができたのは、多額の外貨準備を持っていることではなくて、主に資本管制のおかげである。要するに、管理付きの変動為替制度の下で、一定額の外貨準備を持つのは為替レートの安定を維持するのに必要であるが、多額の外貨準備を維持することを通じて通貨危機を防御するのは危険で、効果がなく、高い代価を払うことである。

「市場の需給を基礎とする単一的な、管理付きの変動為替制度」の下で、もし人民元が切り上げの圧力に直面するならば、一般の状況の下で、人民元の切り上げをすべきである。しかし、切り上げ幅をコントロールしなければならない。管理付きの変動為替制度の下で、中央銀行が情状を酌量して外国為替市場に干与するのは当然である。これを回避すべきではなく、またその必要もない。操作の面から言えば、最も安全な方法は先に人民元をドルに兌換する為替レートの変動範囲を拡大することである。例えば、1ドルを8.27元に兌換することを中心として、1ポイント上昇、下落するのを認めるが多くても3ポイントを超えないようにする。経験の蓄積につれて、変動幅をいっそう拡大することができる。変動幅を中心値をめぐって10〜15%上下変動させるのはその一例である。「正しい」為替レートを確定するのが難しいため、当面の為替制度の基礎の上で変動区間を逐次拡大するのは慎重な方法であり、もし将来事態の発展が理想的ではないならば、再びドルにぴったりついていく政策に戻ることができる。

人民元の小幅な切り上げは少なくとも三つの役割がある。まず最初に外部に、中国は責任を負う大国として、その他の国の利益を十分に考慮するものであり、いまその他の国との貿易不均衡の問題を解決することに努めているというシグナルを出す。実際には他国の利益を考慮してのみ始めて自国の利益をよりよく守ることができるのである。次に、中国の企業と金融機関に、今後、外貨リスクは増えるので、企業と金融機関は相応の準備を整い、リスク防備を強化するべきであるというシグナルを出す。最後に、若干年の後中国の国際収支に不利な変化が生じ、人民元の切り下げが必要になった場合、管理付きの変動がすでに回復し、企業と金融機関がわりに強い臨機応変能力を備えているため、人民元の為替レートを引き下げることができ、最後になってよぎなく大幅に切り下げをするようなことをしないで済む。比較的柔軟な為替制度を実行したため、人民元の為替レートはいつでも調整することができ、大幅に引き下げる可能性と必要性は大いに減少する。いったん人民元が切り下げをしても、国際世論はわれわれを非難する理由がない。

『国際経済評論』より

作者について

余永定(男性)、1948年11月18日江蘇省南京市生まれ。オックスフォード大学経済学博士、中国世界経済学会副会長、中国社会科学院世界経済と政治研究所研究員、中国社会科学院大学院教授、博士コース大学院生指導教官、中国社会科学院世界経済と政治研究所国際金融センター主任。現在は主に国際金融、中国の経済成長および中国のマクロ経済の安定問題を研究している。