香港は人民元オフショア取引センターになれるのだろうか

――中国政府はいま、香港での人民元オフショア取引センターの開設について検討している。これにはいまどんな障害が存在しているのか。

馮建華

香港特別行政区行政長官の董建華氏は7月下旬、中央政府が香港での個人向けの人民元業務取扱試行を認可するほか、機が熟したあかつきには、香港での人民元オフショア取引センターの開設を優先的に考慮することが決まったと発表した。

中央政府が派遣した専門家グループが8月24日、香港での人民元業務取扱についての検討や、香港と大陸部との金融面での協力に関する細則の制定について話し合うために香港を訪れた。中国銀行業監督管理委員会、証券監督管理委員会及び中国人民銀行の要員も9月の初めに香港の金融管理局、証券監督管理委員会及び証券取引所の関係者と関連細目について話し合う予定である。

中国マクロ経済学会の王建研究員の分析では、さまざまな兆しが示しているように、中央政府は香港での人民元オフショア取引センターの開設を真剣に考慮する必要があることに気づいており、これまで以上に重視するようになっている。

北京大学中国経済研究センターの巴曙松研究員の見方では、香港にとって、人民元オフショア取引センターの開設は、ビジネスチャンスの問題だけでなく、香港の今後の発展にかかわる重要な措置でもある。

必要性と切実性

1997年の香港の中国復帰以来、大陸部と香港の経済・貿易往来がいっそう密接になるにつれて、香港で流通している人民元の量は急増している。特に経済協力協定(CEPA)の締結以来、大陸部と香港の住民の往来や観光訪問はさらに頻繁になり、大陸部から香港へ流れ込む人民元の量も大幅に増えている。

『国際金融報』の報道によると、1997年以来、中国の大陸部から香港入りした観光客数の年間増加率は平均して20.8%に達し、年率1.4%という大陸部以外の観光客の数の伸び率をはるかに上回っている。特に昨年においては、中央政府が香港観光に対しての制限を取り消した後、大陸からの観光客は53.4%も増え、延べ682万5000人にのぼっている。

巴曙松研究員の推計によれば、1996年から2002年までの大陸部から香港に入りした観光客数は延べ2532万人に達したが、一人一回当たり6000元という大陸居住者の人民元域外持ち出し限度額で計算すれば、香港に流れ込んだ人民元は1520億元に達することになる。また、その中の3分の1が香港にとどまり、あるいは長期間流通していると仮定すれば、現在香港では少なくとも500億元が流通している(業界関係者の間には、500ないし700億元との見方が強い)。UBSウォーバーグ証券(スイスWarburg)の推計によれば、今後大陸からの観光客の人数が15%の年率で増え、しかも人民元域外持ち出し限度額の半分、つまり3000元を香港で消費するなら、2005年には香港で流通する人民元は1570億元となり、6000元を全部消費するならば、人民元は3130億元に達することになる。

8月21日付香港『大公報』によると、国務院香港澳門弁公室の陳佐?主任は、中央政府が大陸居住民の人民元域外持ち出し限度額の引き上げについて検討していることを明らかにした、という。これによって香港での人民元の流通量はいまの予測よりも高くなることが示されている。

香港の銀行業界がいまだに中央政府から人民元預金業務の取扱を認可されていないため、巨額の人民元が香港に流れ込んでいるにもかかわらず、香港の銀行業界は「意余って力足らず」という状態にある。香港市場に流れ込んだ数百億の人民元現金は銀行ルート以外で流通している。

巴曙松研究員の見方では、香港に流入し、しかも増えつつある巨額の人民元のために安全かつ有効な還流システムを構築することは回避することのできない現実となり、中央政府と香港政府の当面の急務とみなすべきである。

中国社会科学院金融研究所の易憲容研究員は、人民元の香港での非合法的な流通は、取引のコストを増大させるだけでなく、金融に対する監督と管理の困難をも増大させ、中国のマクロ金融環境の安定には役立たない、と考えている。

巨額の人民元が大量に香港にとどまりつづけるだけでなく、周辺の国々にとってもかなり影響力のある貨幣となっている。ここ数年来、人民元は貨幣価値が安定を保つとともに上昇を示し、為替レートのリスクが小さく、それに一部の隣国の外貨準備が不足しているため、外貨による決済が困難となり、一部の隣国は中国と人民元で決済するようになった。

例えば、カンボジアでは政府は国民が人民元を大量に使うことを公に提唱しているが、モンゴル国では流通している現金の60%は人民元であり、ロシア、ベトナム、ミャンマーなどの国では人民元による支払いが認められている。

王建研究員の見方では、人民元のブロック化の趨勢がますます明らかになっているため、香港に人民元オフショア取引センターを開設することはなおさら必要となった。それは香港の国際金融センターとしての強みを利用して、アジア諸地域に流れ込んだ人民元の還流をよりよく導くことになるからである。香港の最大の競争力は、金融面の人材と国際レベルの管理ノウハウを持つという優位にある。香港の活路は金融業の再興にあるが、いまでは人民元オフショア取引センターの開設を頼ってこそはじめて、香港の国際金融センターとしての地位を回復させ、香港経済の力強い成長を促すことがきるのである。

UBSウォーバーグ証券の推定によると、香港が人民元オフショア取引センターとなれば、香港銀行業界は人民元業務の取扱だけで26億香港ドルの利潤を手にすることができ、利潤額は香港銀行業界の年間利潤のおよそ4%を占めることになる。

主要な障害

資本勘定の開放と人民元の自由交換は香港での人民元オフショア取引センターの開設にはなくてはならない措置だとされている。香港での人民元オフショア取引センターの開設を求める声は長年耳にしているが、なかなか進展をみせていない。

易憲容研究員はこれについて次のように分析している。

香港が人民元オフショア取引センターになりにくいのは、中国の金融制度面の障害によるところが大きい。金融制度面の障害以外に、中央政府が懸念している問題もいくつかある。

まず、中国大陸部では金利が市場化されていないのに対し、香港では金利市場化がとっくに実現しているため、大陸部と香港の間で金利差が出ると、アービトラージ取引が発生し、人民元の安定に響くことになる。

その次に、香港は低い税収と国際金融市場への影響力を持っているため、人民元オフショア取引センターとなったら、「投資」の名義で香港に進出し、大がかりな脱税やマネーロンダリングをやる大陸部の個人と企業がたくさん現われ、中国の監督管理機関にとって大きなプレッシャーとなる。

また、香港のオフショア市場は世界の金融市場とつながっているため、人民元の資本項目としての流動性はこれによって大幅に向上するようになるが、中国の国内貨幣政策もその独立性と効力を失うことになり、ひとたび貨幣の流動がコントロールできなくなったら、マクロ経済全体に対する金融抑制に影響を及ぼすこととなる。

王建研究員は次のように強調している。

ある意味では、香港での人民元オフショア取引センターの開設は、程度の差こそあれマイナスの影響が生まれかねないが、早めに制度面から防止策を取りさえすれば、耐えられる範囲内で抑制されるに違いない。逆に、人民元オフショア取引センターを開設しなければ、それによってもたらされるマイナスの影響はもっと大きくなり、しかも収拾不可能の事態になる。現在は、克服できない障害が存在するのではなく、意識の問題に過ぎない。

タイムテーブルとロードマップ

香港に人民元オフショア取引センターを開設できるかどうかについては、いまでは特に反対する意見はほとんどないようである。開設するかどうかという問題ではなく、いつ、どのように開設するのかという問題となっている、と王建研究員は分析している。

香港『大公報』の報道によると、「一国二制度」研究センターの邵善波総裁は最近、中央政府が香港での人民元オフショア取引センターの開設を検討しているので、今年年末に関連法規と政策が打ち出されることになろう、と語っている。年内に人民元オフショア取引センターの開設や関連法規と政策の発表が可能となる、と楽観視している人々も一部にはいる。

王建研究員は次のように語っている。

現在から見れば、中央政府は制度面からの実施を推進するのではなく、まだ理論的検討の段階にとどまっているため、少なくとも二、三年の内には開設の可能性は見えてこないと思っている。しかし、中央政府がこのことに全力を傾けるならば、このプロセスは加速される可能性もある。

人民元オフショア取引センターの開設の方式についても、さまざまな推測がある。今年年初、中国銀行香港支店はフィージビリティ・スタディを経て次のような3つの案を提出した。

一、香港の銀行は人民元預金を受け入れることを認められるが、この預金を中国人民銀行に還流させ、しかも準備金に対する金利で利息を支払わなければならない。

二、香港の銀行は人民元預金業務の取扱を認められるが、その貸出は指定された企業に対してのみに行うものとしなければならない。

三、香港の銀行はすべて人民元業務の取扱を認められるが、貸出業務もいかなる制限も受けない。

中国銀行香港資金部責任者の楊学軍氏はこれについて次のように語っている。

実施の条件について言えば、開放の度合いが最も低い第一の案は最も熟したものであるが、第二案と第三案は資本勘定開放の問題にかかわるため、短期間における実現は困難である。

巴曙松研究員もこう見ている。短期間には人民元の完全な自由交換が実現されておらず、しかも大陸が資本項目を開放していない条件の下では、たとえ香港が人民元オフショア取引センターになったとしても、預金業務のみを扱い、貸出業務を扱わせず、あるいは多くとも特定の企業に対して制限のある貸出だけを行うことになる。

香港『大公報』の報道によると、香港銀行業界の見方では、香港の銀行が人民元預金業務の取扱試行を認められるカギは、銀行が受け取った人民元預金を貸出できるかどうかにある。もし貸出ができなければ、銀行としてはこうした預金を受け入れようとしないであろう。

巴曙松研究員の見方では、人民元オフショア取引センターの開設初期における中央政府の最も重要な仕事は安全かつ有効な還流システムを構築し、「急功近利」(目先の功にあせること)的なやり方を取らずに、香港に流入した人民元の大陸部への還流を確保することである。人民元の還流にはさまざまなやり方があるが、どの形を取っても人民元による決済をうまく行わなければならない。それは決済銀行が人民元還流システムの構築の上で重要な役割を果たすからである。また、それは決済銀行の選定と奪い合いという焦点問題にもかかわる。『国際金融報』の報道によると、中国銀行と香港上海銀行はともに決済銀行になりたいという意向を表明した、という。

決算銀行の運営と人民元の還流の方式については、業界筋の分析によれば、決算銀行は直接預金を大陸部の金融システムに送金するか、あるいは直接中央銀行に手渡してから中央銀行と決済を行うとともに、中央銀行から一定の金利を受け取るか、あるいは中央銀行の認可を経てインターバンクローンの取扱によって、大陸部の商業銀行と決済を行うなどが実行可能な案となっている。

8月9日付『国際金融報』の報道によると、国家外国為替管理局は国務院に、香港の各銀行に流入した人民元を中国人民銀行深セン支店を通じて大陸部に還流させるという案を提出したが、この案は来年から実施されることになると見られている。ここから見ても分かるように、人民元還流システム構築の問題については、中国の監督管理当局は指定された公式ルートに賛成しているようである。

北京師範大学金融研究センターの鍾偉主任は、実現性の高い人民元還流システムとして、香港に支店をもつ大陸の銀行が決済行となり、「大陸部の人民元預金金利に準じた金利プラス香港での業務コスト」で設定される金利で人民元預金を、香港銀行業界から吸い上げるという形を挙げている。これによって、香港銀行業界の人民元預金吸収後の資金運用と金利差の問題が解決されるだろうという。