ロシアが新軍事方針を打ち出したのは

王宝付・国防大学戦略研究所副所長

ロシア最高当局は10月27日、国防部で防衛会議を開き、プーチン大統領とイワノフ国防相が重要な演説を行った。同日、国防部は『ロシアの武装力の現代化に関する学説』と題する文書を発表した。2人の指導者の演説と文書の内容を総合すると、ロシアの軍事方針に明らかな変化が生じている。ロシアがこの時期を選んで新たな軍事方針を打ち出したのには、内外の要因や深い戦略的配慮がある。

安全環境の見直し

「9・11」事件後、ロシアは積極的に米国の反国際テロリズムを支持し、両国関係は発展した。だが、ロシア周辺の安全環境は決して反テロによって著しく改善されたとは言えない。米国はアフガンで反テロ戦争を展開し、その軍事力を円滑に中央アジアへと伸ばした。アフガン戦争の長期化により米国の中央アジア地区での政治的影響が拡大し、その軍事的存在が益々強まっていることをロシアは憂慮すると共に、積極的な措置を講じ、独立国家共同体の集団的安全協力を強化することで、米国の軍事力の当該地区での影響のバランスを図ろうとしてきた。

ロシアとNATO(北大西洋条約)は多年にわたり接触を続け、双方の関係は深まった。双方が確立した「19+1」の協力対話メカニズムによってある程度、西側からの圧力は緩和されたが、双方の食い違いは決して抜本的に解決されてはいない。米国はグローバル戦略の必要から、ロシアの反対を顧みず積極的にNATOの東欧拡大を進め、軍事力配置の重心を東欧へとシフトさせており、特にNATOが将来、バルト海沿岸諸国に軍事力を配置することにロシアはより警戒と不安を深めている。

ロシアは現在、世界でテロの脅威が最も深刻な国の1つである。チェチェン戦争は既に10年も続いており、ロシアはこのために大きな代価を払っている。「9・11」事件後、チェチェン問題では、西側のロシアに対する叱責や批判は少なくなり、ロシアが不法武装勢力を取り締まることに対する外国の世論の声も低まった。だが、ロシアと西側諸国との食い違いは決して完全には解消されていない。逆に、反テロや人権等の問題で、米国等は依然として2重の基準を堅持しているため、チェチェン問題で真に西側の理解と支持を得るにはまだ多くの障害が横たわっており、チェチェンの平和の回復には相当長い時間がかかるだろう。

ロシアの軍事力の建設自身から言えば、過去10年の間、経済発展が制約されたことから軍隊の改革は大きな困難に直面し、成果は限られていた。この数年は国内の経済状況がやや好転したため、国防費は年を追うごとに増加している。新たな情勢と任務に対処するため、ロシアは内外の安全環境を見直し、新たな国家の安全と指導的軍事力の発展に関する理論的学説を打ち出したのである。

戦略的核兵器の役割を強化

ロシアの新軍事方針は今後、戦略的核武装による国家の安全を維持する上での支柱的役割をより重視していくことを物語っている。冷戦終結後、国際的な戦略軍事力の関係が変化するに伴い、ロシアの軍事力、特に戦略的核武装は様々な試練を経てきた。米国は90年代にミサイル防衛システムの確立を打ち出し、ブッシュ政権誕生後、一方的に『反ミサイル条約』からの離脱を宣言すると共に、国防総省は新たな核武装情勢に関する評価報告書を発表し、核戦略を調整し核のハードルを低めることで、核武装力を威嚇手段から威嚇と実践を共に重視する方向へと発展させてきた。こうした重大な変化に直面したロシアは終始、核武装を戦略的バランス保持のための支柱にすると共に、積極的な措置を講じて核による威嚇の信頼性と有効性を確保してきた。今日に至るまで、米国とロシアの戦略核武装力は依然として基本的なバランスを保持することができ、ロシアが絶えず核戦略政策を調整していることは客観的状況の変化に適応しようとすることと直接的な関係がある。プーチン大統領は今回の国家安全会議で、「現在であろうと将来であろうと、核抑止力は国家の安全を維持する基礎であり、核抑止力の良好な戦略的状態を保持すると同時に、新たな核抑止力の発展を継続していく」と再度強調した。

米国との戦略的軍事力の基本的なバランスを保持することが、ロシアの核政策の重要な目標である。いかなる情勢の下であっても、ロシアは自らの核の威力を弱めることはないだろう。イワノフ国防相は「新たな技術に依存して核兵器を抑止の道具から現実的な実戦道具に変えることは、世界の安定を破壊するものであり、ロシアはこれを座して見ることはない」と強調した。新軍事方針は核武装力の戦略的地位を際立たせているだけでなく、「先行開発者」が攻撃する権力を留保することも提起している。しばらく前、イワノフ国防相はNATOの国防相会議で、『先行開発者』戦略で核武装力と通常武装力の使用を線引きし、核武装力は主に戦略的威嚇に使用することについて、米国の『先行開発者』戦略との重要な違いを詳細に説明した。

ロシアの軍事戦略調整の根本的目的は、核戦略による威嚇の信頼性を高めることにある。この目的を達成するため今後、戦略的核武装力は規模の圧縮、構造の合理化、質的向上の方向へと発展していくだろう。陸上基地の核武装力の数量を減少させると同時に、新たな大陸弾道ミサイルを配置するだろう。空中戦略実施手段は核攻撃と通常攻撃の2重能力を備えた方向へと発展するだろう。海上戦略核武装力を発展させる重点は、次世代の戦略ミサイルを開発製造することである。戦略的核武装力を楯に、ハイテク通常軍事力を矛に、より柔軟かつ有効的に方向の異なる、性質の異なる安全への脅威に対応することが、ロシアの新軍事方針が追求する目標である。

重要技術分野での優位性の保持

冷戦の期間、米ソは数十年にわたる軍備競争を展開し、軍事の異なる分野でそれぞれの優位性を築いた。冷戦終結後、ロシアは軍事のハイテク分野で米国と全面的に競争する能力のないことをはっきりと認識した。だが一部の重要な技術分野で、ロシアは優位な地位を保持し強固にする能力を備えている。例えば、宇宙技術では多くの面で強みがある。

宇宙部隊はロシアの戦略的武装力の重要な一部である。1992年8月、ロシアは世界で初めて国防部が指揮する軍事宇宙部隊を組織した。1977年には戦闘配列を調整し、宇宙部隊と戦略ミサイル防衛部隊を合併して戦略ロケット軍に改組。2001年10月には再度、宇宙部隊を再編して独立した部隊とした。今年4月、宇宙指揮センターを視察したプーチン大統領は、宇宙分野での2大使命を明確に打ち出している。第1は、戦略予防警戒システムを確立し完備させると共に、運行時間のより長いより有効な宇宙船を建造すること。第2は、新世代の通信ナビゲーション衛星を開発製造し、より信頼性のあるロケットシステムを開発すると同時に、宇宙船の質的向上を図ること。宇宙開発能力はロシアの大国としての地位と戦略的潜在力を示してきた。この分野での伝統的な優位な地位を保持することが、ロシアが今回の戦略調整で重点的に考慮した問題である。

軍事改革の推進

建国以来、ロシアが軍事改革を止めたことはない。だが、米国やその他の西側諸国の軍事改革の主動的な推進とは異なり、ロシアの軍事改革は外部の安全環境が絶えず変化し、国内の政治や経済が激しく揺れ動き、チェチェン戦争が長期化した困難な状態の下で行なわれてきた。国家経済が下降を続け、軍事費投入の不足が深刻であることが、軍事改革の進展を遅らせただけでなく、紆余曲折なものにした。この数年来、ロシア経済には安定成長の勢いが見られ、国防支出も年々増加し、軍事改革に新たな活力が生まれた。ロシアは今回の会議で、軍事機構の巨大な転換期は既に終結したと宣言したが、これは軍事改革が最も困難な時期を脱け出して、新たな相対的に安定した発展段階に入ったことを示すものである。

今後、ロシアは国防と軍隊の建設で新たに確立した以下の目標に向け邁進していくことになる。

第1は、軍隊建設の質を強化し、軍隊の様々な安全への脅威に対応する能力を高めることである。通常軍事力の建設については規模の圧縮を継続し、指揮機構を調整すると共に、軍事要員の契約制への移行を加速し、職業化された軍隊を目指す。

第2は、重点的に新型武器・装備の開発製造を加速することである。イラク戦争後、ロシアは武器や装備の面で米軍との格差が拡大していることをはっきりと見て取った。こうした状況を変えるためロシア軍は今後、『ロシア連邦国家の2010年までの武器装備の発展計画』の実施を加速すると共に、情報化武器と装備を重点的に開発することで、情報化による武器と装備の現代化を推し進め、世界の軍事強国としての地位を再度獲得する。

第3は、内外の安全環境の変化に対応し、戦略指揮機構と軍隊の体制編成を最適化することである。装備に優れ、訓練で資質を備えた反応に鋭敏な部隊を組織すると共に、国家の様々な突発事件に反応する能力と政策決定のスピードを高める。

総じて言えば、ロシアの新軍事方針はロシア政府が内外情勢の発展に基づき、特にイラク戦争後の国際情勢に現われた新たな変化に即して決定した政策であり、ロシアの現在の国家の安全に対する客観的必要性を反映したものだと言える。だが、新軍事方針を軍事力の建設と改革の行動綱領にするには、構想を現実的なものとし、外部の安全環境の改善と国の総合力の絶えまぬ向上が必要である。