特別報道
概要
今年は世界反ファシズム戦争60周年に当たる。60余年前、世界の人民は血戦を経て独伊日のファシストを打破した。なかでも中国人民の抗日戦争は世界反ファシズム戦争の重要な一部として、同盟国や各国人民の多大な支持を受けた。今日、我々があの時代の歴史を振り返り、記念するのは、あの歴史を二度と繰り返さないためであり、中国人民が全世界の人々に平和を擁護しようとする我々の決意を示すためでもある。歴史の事実を尊重し、その教訓を深く心に刻んでこそ、戦争犯罪人とその犯罪行為を恥辱という柱に永遠にくぎ付けにすることができ、戦争を引き起こす土壌を徹底的に排除し、恒久の平和を実現し、各国人民の間の友好を保持することができる。
平和の起点
――抗日戦争勝利60周年を記念して
平安
60年前、抗日戦争と世界反ファシズム戦争の終結によって、アジア各国人民は長年続いた戦火からついに抜け出し、長期にわたる安息の機会を得ると共に、平和と安寧という希望を実現した。その後、局地的に戦争や紛争が起きてはいるが、全般的に言えば、アジアとくに東アジア各国は経済発展という相対的に平和な時代を歩み始めていく。
戦争はアジア人民に深刻な災難をもたらした。戦争で大きな破壊を蒙ったのに加え、自然資源が欠乏し、人口密度が高いことから、戦後の東アジア各国は経済基盤が非常に薄弱であるという現実に直面した。各国が直面する問題はそれぞれ異なってはいたが、貧困から抜け出すため、東アジアの絶対多数の国・地域は期せずして「経済成長第一」の発展戦略を策定した。
戦争の終結がこの発展戦略の契機となる。植民地統治と戦争の砲煙から抜け出した東アジア諸国は1950年代末、60年代初めから80年代にかけて、まず日本が、次に「アジアの4小竜」と呼ばれた韓国、シンガポール、中国香港と台湾地区、続いて「アジアの4小虎」と呼ばれたマレーシア、タイ、フィリピン、インドネシアが相次いで経済面でテイクオフし、1国また1国と「経済的奇跡」を成し遂げ、その経済的衝撃波は世界に注目されるまでになった。60年代に日本経済の年平均成長率は10%を超え、1960〜80年にかけて韓国とシンガポールの年平均成長率がそれぞれ9.9%、10%、1990年にはタイとマレーシアの年平均成長率がそれぞれ10%、9.4%に達した。1968年に日本は西ドイツを抜き、米国に次ぐ世界第2の資本主義経済強国となる。90年代には「アジアの4小竜」の裕福度も西欧諸国に近づくかまたはそれを上回るまでになった。香港誌『アジアウィークリー』の統計によると、1993年の1人当たり国民所得では、韓国が6740ドル、日本2万7326ドル、シンガポール1万5200ドル、中国香港1万6382ドル、台湾地区が1万215ドル。東アジア諸国は1998年に起きた深刻な金融危機と一連の政治紛争の試練を経て、世界で最も活発で、発展の最も速い経済地域となった。
1979年から改革・開放事業に力を入れ、特に市場経済改革を実行して以降、中国は次第に東アジア地域最大の輸入国、そして世界で外国からの直接投資の導入が最も多く、経済発展スピードが最も速い国となった。中国は今日、東アジア地域の平和と発展を推進する重要な力となっている。
韓国のイ・スソン前首相はかつて「東アジア地域は現在、世界で経済発展が最も速い地域の1つであり、域内の経済協力も日ましに活発化している。このような勢いが持続できるならば、東アジア地域は必ず欧州連合(EU)や北米地区と同様、世界経済をサポートする支柱の1つとなるだろう」と指摘したことがある。また博鰲フォーラムの竜永図秘書長は「アジア経済を語ることは、東アジアに目をやることであり、東アジア経済を語ることは、北東アジアに目をやることであり、そのカギは中日韓にある」と強調している。
東アジアはアジア経済の発展で最も活力に満ちた地域であり、中日韓を主体とする北東アジアは東南アジアに次ぐアジア経済の活力の中心でもある。世界銀行の統計データが示すように、世界の年平均成長率は3.1%だが、アジアは一貫して3.7%であり、アジアが世界貿易に占める比率はすでに27%まで達している。
北東アジア地域では、域内貿易は1980年の34%から2003年に58%まで増加しており、世界のその他の貿易地区に比べると、EU(60%)に次ぎ、北米自由貿易地区(55%)を上回っている。同地域では中国と日本、韓国が中心であり、グローバル化の加速とアジア地域の一体化体制が進む中、3カ国間の経済関係は緊密さを増し、商業面の相互依存性も増強されつつある。中国は2004年に米国を抜いて日本最大の貿易パートナーとなった。日本は過去4年間うち3年間、中国最大の貿易パートナーであった。
日本の川口順子前外相は「北東アジア地域はグローバル経済の成長の中心であり、過去20年間に同地域のGDPは4倍増え、域内の輸出と貿易もそれぞれ26倍、8倍増えた。日中両国にはすでに生産面で相互依存性があり、これは日本企業にとってコスト節減などでメリットがある一方、中国も投資や就業の機会を増やすことができる」と指摘。その上で「日本と韓国の管理能力と、中国の巨大な市場と成長の潜在力を結びつければ、アジア経済の成長をもたらすだけでなく、世界経済の継続的な発展を促すことができるだろう」と強調したことがある。
東アジアの平和と繁栄は容易に手にしたものではない。グローバル化と地域化が拡大しつつある今日、東アジア地域の内部連係が一層緊密化し、中日両国の繁栄と発展が密接に係ることで、世界経済の発展に重要な貢献を果たせるのは間違いない。
中日両国の政府と民間各界が共に努力する中、中日国交正常化30数年の間に両国関係は長足の発展を遂げ、様々な分野の交流と協力も著しい成果を収めた。昨年、中日間の貿易総額は1600余億ドルに上り、人的往来は延べ400余万人、友好都市の数は227に達した。実践が証明するように、中日の友好協力は両国人民に実際的な利益をもたらすだけでなく、東アジア地域の繁栄にとっても重要な要素となっている。
今年4月、中日両国の60の民間友好団体の代表が東京で『平和と善隣友好のアピール』を共同で発表した。アピールの内容は以下の通り。
「今年は第2次世界大戦終結60周年に当たり、中日両国関係にとって極めて重要な一年である。過去の一時期、日本は戦争を発動し、殖民地統治と侵略を通して中国とアジア各国人民に重大な災難をもたらし、日本国民もまた甚大な被害を受けた。戦争の苦難を経験した中日両国人民は恒久の平和という国際環境を切望しており、我々は歴史的教訓を汲み取り、平和な発展の道を引き続き堅持し、世々代々にわたり友好的に付き合っていかなければならない」
先人が切り開いた友好的で平和な道に沿って歩んで行ってこそ、我々は東アジアの人民に平和で幸せな明るい未来を持たせることができる。
しかし、最近の中日両国はいわゆる「政冷経熱」(政治関係は冷え込んでいるが、経済関係は熱い)状態にあり、こうした非正常な状態は双方の利益に合致するものではない。これは日本の一部の極右分子が歴史を歪曲し、一部の者が歴史問題を正しく認識していないからだ。過去を正視し、歴史を正しく認識することが、中日関係を発展させる重要な基礎であり、東アジア地域の安定と繁栄、平和を実現させる基礎でもある。
温家宝総理は「中日関係の核心的問題は、日本が歴史問題に正しく対処することだ。前世紀、日本が発動したあの侵略戦争は、中国のみならず、アジアや世界の人民に重大な災難をもたらした。歴史を尊重し、進んで歴史に責任を負い、アジアひいては世界人民の信頼を得ることのできる国こそが、国際社会でより大きな役割を発揮することができる。中日は隣国であり、中日友好は歴史から得られた結論である。我々は歴史を鑑とし、未来に目を向け、中日友好協力関係を引き続き発展させていかなければならない」と指摘している。
抗日戦争中、中国は自らの責任を担い、侵略者に対し激しい攻撃に出た。今日、中国は東アジアないし世界の平和を擁護する、といういま一つの責任に直面している。欧州では、人々はすでに歴史の怨念を乗り越え、いかに戦争を避けて、民族や国家間の関係を再構築するかを深く考えているところだ。EUは実際、第2次世界大戦争後の欧州のエリートが反省した結果である。東アジアでは、このような反省はまだ深まっていない。
日本の歴史学者、駿河台大学の井上久士教授は新華社のインタビューで「実は、日本はすでに1930年代から中国全土を占領しようと野心を持っていた」と語っている。
現在、日本の一部の学者や政治家、右翼分子は中国侵略戦争を美化しようとしている。右翼分子は「日本が行ったあの戦争は正しかった。日中戦争(中国侵略戦争)が発生したのは、中国で反日運動が起き、中国人が日本人を追い払おうとしたからであり、日本人は被害者で、中国人は加害者であり、日本は自衛のために戦争を行った」と言い放っている。
これについて井上教授は「これはまったく白黒を逆さにしたもので、歴史を歪曲したものだ。真の原因は、日本が中国を侵略したために、反日運動が起きたのである。1928年、日本が山東省に出兵し、青島を統治しようと目論んだことから、日本製品不買運動が起きた。日本の侵略政策が中国の反日運動を誘発したと言うべきだ。しかし、右翼分子は本末を転倒させ、日本を被害者と見なし、戦争の責任を中国側になすりつけようとしている。日本は歴史問題に正しく対処し、過去発動した侵略戦争を深く反省する必要があり、これこそが正しい道だ」と強調している。
狂気に駆られて戦争を発動し、最終的に徹底的な失敗に帰した日本に対し、中国人民は今日の日本人が反省するようにと善意をもって望んでいる。当時、日本の政体の設計に一体どのような欠陥があって、軍国主義が容易に国家全体を侵略戦争へと走らせ、その結果、日本民族は苦難と失敗の深淵へと追いやられることになったのか。日本のインテリや企業家、民衆の集団心理、教育システムなどを含め、日本は社会全体として軍国主義の台頭と拡散にどのような政治的、道徳的責任を担うべきなのか。
将来の中日関係はどの様なものになるのか、どう様なものになるべきなのか。これは中日両国にとって重要な戦略的問題の1つである。過去、日中両国には侵略と被侵略という関係があった。将来、中日両国が東アジア地域の繁栄と安定を目指して手を携え、東アジアの政治と経済の一体化を実現させるため共に努力することができるのかどうか、今の段階で断定する難しい。確かなのは、中日の協力のほうが中日の競争より両国の長期的利益に合致するということだ。将来の中日関係の性格が東アジア地域の将来、ひいては世界の将来を決定づけるだろう。
中国人民は日本政府と国民がさらに寛大な気持ちになって戦争を反省し、歴史を反省し、人類の運命と東アジア地域の平和と将来を深く考えるよう願っている。両国人民にとって、中日が永遠に戦わないことが両国人民共通の願いであり、平和を切望する人々は一衣帯水の隣国、中日が友好的に付き合い、剣を鋤に変えて平和を永遠に守っていくよう願っている。
東アジア地域の恒久平和メカニズムの構築は、抗日戦争の勝利にとって最良の記念となるだろう。
|