医療改革の新たな選択の道
李子
【概要】
改革開放以来、医療衛生体制改革はある程度進展したが、露呈された問題が深刻化しつつある。総体的に言えば、改革は不成功だ――。国務院発展研究センターと世界保健機関(WHO)が共同でまとめた研究報告『中国の医療衛生体制改革』は、医療衛生体制改革を全面的に見直したうえで、こうした視点を提起した。
「医療難、高医療費」が庶民の頭痛の種となっている。衛生部が発表した第3回全国衛生サービス調査データによると、病気になっても治療を受けられない住民が48.9%、入院が必要だが入院できない住民が29.6%に上るなど、医療体制改革は再び十字路に立たされている。政府が主導するのか、それとも市場にまかせるのか。こうした問題をめぐる論争が始まってすでに久しいが、丸20年に及ぶ医療改革プロセスは、すでに解決しなければならない重要な時期に達している。
過去を振り返れば、簡単に否定したり肯定したりすることは、「医療難、高医療費」という問題に関して言えば、過度に軽率であってはならず、それにはより強い忍耐と知恵、勇気を持って、問題を深く考え、良策を見いだすことが必要だと言えるだろう。歓迎すべきことは、政府が庶民の生活に直接かかわるこの問題を真っ向から正視し、高度に重視して問題の解決に全力を挙げていることだ。
医療の現状
北京に住む74歳のAさんはある夜、高熱を出して救急病院で治療を受けた。心電図や血圧の測定などの検査でかかった費用は約800元(1元約13円)。薬代と救急室看護費用は400元余りで、一晩に約1200元を支払った。この数字は退職給与(中国では退職金として一定の額を毎月支給する)の1カ月分に相当する。Aさんの元の職場は医療保険に加入しているが、治療費は先ず自分で支払わなければならない。本人が支払う保険料は年間1500元で、それを超えた部分の治療費は一定比率で清算される。
以前、都市部の労働者は公費で治療を受けられたが、現在は医療保険制度に改められた。だが、医療保険に加入していない人はかなり多い。
「医療難、高医療費」が庶民の頭痛の種となっている。衛生部が発表した第3回全国衛生サービス調査データによると、病気になっても治療を受けられない住民は48.9%、入院が必要だが入院できない住民は29.6%に上る。
3家庭の医療難
「九死に一生を得ました」。Bさんは眼窩が窪み、体の肋骨がはっきりと分かる。64歳だがかなり老けている。
Bさんは北京の機械工場の労働者だった。13年前、体調を崩して一時退職を願い出た。2カ月前に突然、食が喉を通らなくなり、検査で食道がんと診断された。「まったく晴天の霹靂で、泣き面にハチでした」とBさんは話す。
退職後、Bさんは妻と節約して貯めた2万元で、静かな晩年を過ごすことを考えていたが、入院以来、二人の貯蓄は瞬く間に無くなってしまった。現在、医療費は数人いる弟が奔走して得た謝金で支払っている。「勤めていた工場は倒産してしまったので、面倒は見てくれない。すでに十数万元使ったが、なんとかこれで命拾いできた」と、話す言葉に張りがない。
Cさんは江蘇省から北京に出稼ぎに来た労働者だ。北京の垂楊柳医院の救急科。「息子が昨日、39度の熱を出した。病状は良くならず、むしろずっと悪くなっている」。Cさんは息子の頭を撫でながら心配そうに話す。
Cさんは35歳。北京朝陽区の市場で野菜と果物を売っている。医療費明細書を持ったCさんは「ここは安いと聞いたので来てみたが、こんなに高いとは。これでは、治療は受けられない。子供の病気で、1カ月分の商売は無駄骨になってしまった」と元気がない。
Dさんは山西省から肺がん治療のため北京に来た。北京協和医院。43歳のDさんは5、6年前、呼吸が多少息苦しくなり、やがてひどくなってので、ようやく昨年2月に病院に行った。「当時、写真を撮るのに500元も取られた。高すぎるので、病院には行かなくなった」とDさん。4月になって耐えられなくなったため、病院に行ったところ、肺がんと診断されたという。
これまでにかかった費用は7万元。金になるものは売り払ったが、それでも6万元近くを借金。Dさんは貧困家庭なので、民政機関から1000元の補助金が支給されたが、焼け石に水だ。
医療保険でも不安が
河南省鄭州市に住むEさんは元教師だった。2003年に検査で、拡張性心筋症と慢性心機能不全(3級)と診断された。これらの病気は根本的な治療方法がなく、薬の服用で進行を抑えるしかない。Eさんは「都市部基本労働者医療保険」に加入しているが、巨額の薬代は経済的に余り問題のない彼女にとっても大変だ。
医療保険機関の政策は各地によって異なるため、彼女の病気は保険の対象にならない。個人が保険料を支払う口座の金額がゼロになれば、普段の薬代は自分で支払うことになる。彼女が1回入院しただけで支払った約2000元は、統一基金が一定比率で1部費用を負担。だが、この2年間に毎月の薬代は合計5、600元に上る。さらに半年毎に行う再検査の費用は2、300元。彼女の退職金は月額1000元以下で、薬代を支払えばいくらも残らない。
都市部の住民であれ農民であれ、彼らが最も心配しているのは一般の病気ではなく、大病や重病になった場合だ。大病を患ったらどうしようもないと、多くの貧困者は気をもんでいる。
鄭州市衛生局の王万鵬副局長は「現在、医療保険の加入者は政府機関や非営利事業団体の職員、優良企業の従業員であり、膨大な人口数に比して言えば、保障されている人はごく少数にすぎない」と指摘する。
診療難の原因
中国の人口は13億人で、世界の総人口の22%を占めているが、衛生関連費用は世界の衛生関連総費用の2%に過ぎない。衛生関連施設、とくに良質の衛生関連施設の深刻な不足が長期にわたり重大な問題となっていた。
農村と都市部の住宅団地に病院が少ないという状況が改善されていない、大病院は重病人や治療の難しい患者の治療に集中すべきだが、数多くの一般患者の診察に追われている、といった現状が「医療難、高医療費」の原因となっている。
農村では人口の8割が医療保険に加入していない。2003年から全国の農村で新しい協力医療制度が試験的に開始され、その対象は約1億人に上るが、調達資金が少ないため、一般に1人当たりの年間保障額は30元にすぎない。2003年の第3回全国衛生サービス調査データによると、都市部では人口の44.8%、農村部では人口の79.1%がいかなる医療保険にも加入しておらず、基本的に自費で治療を受けており、患者は生理的、心理的、経済的に3重の負担を負っている。一部の農村では、病気のために貧困に陥った住民が貧困人口の3分の2を占める。
衛生部のデータを見ると、この8年来、診療者数は年平均13%、入院費用は同11%ずつ増えており、住民1人平均収入の増加率を大幅に上回っているのが現状だ。
公立医療機関の運営は市場化の傾向にあり、公益性が薄れてきている。データによると、病院の収入増に占める財政補助の割合は9.4%、医療収入は同49.8%を占める。2003年の衛生機関が管理する病院の診療者数は2000年に比べ4.7%減少したものの、収入はむしろ69.9%も増加した。
医療機関も苦慮
王万鵬副局長は「先進医療設備が絶えず導入されるに伴い、医療サービスの向上とともに、医療コストも絶えず上昇している。顕著な例を挙げれば、以前は重複使用されていたガラス針管や針は、現在は全て使い捨てが使用されているが、これらは医療コストに計算される。また社会全体の収入が絶えず増加するにつれ、高リスクを伴うハイテク業種として、医療機関の人件費が増加するのは必然であり、これらも医療費の上昇をもたらしている。庶民に意見の多い薬代が高いという問題は、薬品の高く見せかけた定価に根源がある。財政補助が実際に交付されないため、病院が生き残って発展するには、競争力を強化し、先進設備を購入し、待遇を改善して人材を留めることが必要だ。重い負担から病院は経済性や収益性といった問題を考慮せざるを得ない。こうした状況が庶民に意見の多い一部病院で見られる過度な検査、根拠のない治療費請求、過多な処方薬の提供をもたらしている。
ある省クラス病院の著名な教授は「薬価を高く見せかけているのは大きな問題だ。例を挙げて説明すれば、神経安定剤は薬局での標示価格は8元だが、病院では39元。だが、この定価は最高ではなく、規定によれば、44元で売ることができるため、病院は規定に違反してはいない。では問題はどこにあるのか。これは関係機関に聞く必要がある」と説明する。
一般庶民が不満を持つ高医療費という問題については、医師も苦慮している。北京大学医院のある医師は「我々もどうすることもできない。病院の体制では確かに、検査が多ければ、それだけ歩合も多くなる。臨床医師の基本給は1000元余りに過ぎず、奨励金を含めても月に3000元余りだが、任務を果たさなければ奨励金はない」と話す。また、ある医師は「大病院はそれぞれ生き残るために、病院は常に医師に対し病院の収入増に向けいろいろな方策を考えるよう奨励している」と語った。
◆参考資料
1.中国の医療機関
現在、医療や予防、保険、監督など各種医療衛生機関は全国に30万近くある。2004年現在のベッド数は327万床で、千人当たり3.1床(米国は同3.6、インドは同0.8、ナイジェリアは同1.7)。衛生関係者総数は525万人で、千人当たりの医師数は1.5人(米国は2.7人、インドは同0.4人、ナイジェリアは同0.2人)。農村部での医師と衛生関係者は88万人。
2.中国の医療保障体系
中国では社会主義市場経済にかなった基本医療保険、補充医療保険、公費医療、商業医療保険など各種の都市部労働者医療保障体系をほぼ整備されている。現在、都市部では基本医療保険に加入している労働者は1億3000万人、公費医療を受けている労働者は約5000万人。2003年から、全国31の省・自治区・直轄市の一部の県で、中央政府と地方政府が財政面から支援し、農民が自主的に加入する統一された、大病の補助を主体とする新しいタイプの農村協力医療制度が試験的に実施された。2005年までに加入した農民は1億5600万人に達し、農業人口総数の17%を占める。2004年の調達資金は32億8300万元。7601万人が補助を受け、810万人が健康検査を受けている。2006年には実施範囲をさらに拡大し、2007年には全国で展開する計画。
|