中米関係の現状と未来
――戦略的対話と首脳相互訪問による両国関係発展の推進
金燦栄(中国人民大学教授、国際関係学院副学長)
今年に入り、中米関係は矛盾した状況に置かれている。中国の軍事近代化に対する新たな「中国脅威論」や経済貿易問題の政治化、経済民族主義(中国国営石油会社・中国海洋石油が提示した米石油大手ユノカル社買収案が際立つ)のような雑音を入れたり行動に出たり、さらには中国は朝鮮半島の核問題の解決に尽力しなかったと非難するなど、米国は再び両国関係の発展にマイナスとなるような政治情勢にある。その一方で、両国首脳はホットラインで連携を保持し、ライス国務長官が就任後わずか半年の間に二回も訪中し、8月1日と2日には、両国の外務次官が戦略的意義を持つ「ハイレベルの対話」を初めて行い、年内に国交樹立以来初の首脳の相互訪問を実現することで合意するなど、中米関係の基調は非常に良好であり、総体的に順調な発展傾向を示している。
中米間のこうした矛盾した状況については、2001年の米国同時多発テロ事件以降の中米関係の総体的傾向を分析しなければ、納得できる答えは引き出せないと思われる。9.11テロ事件以降の中米関係の発展は、以下の4点に概括できるであろう。
第一は、中米共通の利益が拡大していることだ。この事実は非常に簡単ではあるが、かなり重要であり、今後の中米関係の安定にかかわることでもある。両国間には、テロ撲滅やNBC兵器(核物質と生物・化学兵器)の拡散防止、地域的に重大な問題の解決、アジア地域を含む世界経済と金融市場の安定維持、石油やその他の重要エネルギーの国際市場への安定供給の維持、国連改革などさまざまな問題をめぐり、新たな共通点が見出された面もあれば、それまでの協力が強化された面もある。
第二は、過去四年間に米国が中国をより必要するようになってきたことだ。ストック的、また静態的角度から見ても、今に至っても依然として米国の総合力は中国をはるかに上回っており、中国は米国が中国を必要とする以上に米国を必要としている。しかし、増加額、また発展的角度から見れば、米国が中国を急速に必要とするようになったのに対し、相対的に言えば、中国はそれほど米国を必要としなくなった。従って、傾向としては、中米間の相互必要性はバランスの取れた状態にあると言えよう。米国は冷戦後、世界唯一の超大国となったため、当今のさまざまな国際対立の焦点となっており、差し迫って解決する必要のある問題や、直面している挑戦も他の先進国よりずっと多い。逆に、中国は経済が急速な発展を遂げており、新外交政策を推進してきたことから、国際的影響力も急速に拡大している。従って、米国がその政策目標を達成するには、ますます多くの具体的な問題で中国の協力を得なければならない。逆に言えば、中国が内外ともに発展を続けているがゆえに、だからこそ、中国が唯一、米国に求めるのは、迷惑をかけないことなのである。要するに、中米関係においては、中国の主動性がますます大きくなりつつある。
第三は、中米関係において最も敏感な台湾問題で過去二年間、両国が政治面から「台湾独立勢力」を抑制するという限定的な協力を展開してきたことだ。勿論、この間、米国は台湾への軍事的支援を継続したばかりでなく、むしろ一層強化してきた。特に指揮や情報、訓練、人員養成、体制などソフト面での協力は準軍事同盟の域に達しており、政治・軍事政策を二面化する傾向にある。しかし、どうであれ、中米両国が政治面から「台湾独立勢力」を抑制することは、国際関係の安定にとって大きなプラスとなるはずだ。
第四は、中国の成功により、米国内で中国に対する戦略的懸念が高まったことだ。ここ数年の間、一部の米国人、特にタカ派は、中国が経済の目覚ましい発展を遂げ、軍事近代化が飛躍的に進展し、外交的影響力もかなり拡大してきたことに懸念を深めている。
まさに前述した第四点、つまり米国国内で中国の成功に対する戦略的懸念が高まっていることが、今年上半期米国から、中米関係をめぐる政治的雑音が聞こえてきた背景にある。それはまた、8月初めに中米間で初の戦略的対話が行われた背景ともなっている。対話の目的はほかでもなく、戦略的懸念を払しょくし、戦略的な相互信頼を醸成することにある。この対話は非常に成功したと言えよう。中米双方はいずれも満足の意を示すとともに、次回開催の日時も確定した。
中米の戦略的対話は中国側が主体的に提案したものである。中国の発展に伴い、米国を含む海外の懸念はますます深まってきた。中国の近代化は恐らく人類史上最大規模の近代化であろう。中国が近代化を進める以前、西側で最大規模の工業化、都市化と見なされたのは、1870年代から1920年代にかけての米国の近代化であるが、当時の米国の人口は一億人に過ぎず、その他の西側諸国の近代化もそれほど大規模ではなかった。例えば、英国の17世紀後期から18世紀にかけての近代化人口は1000万未満、ドイツの19世紀後期の近代化人口は6000万未満であり、日本の19世紀末から20世紀初めにかけての近代化人口は8000万にも至っていない。13億というこれほど大規模、かつこれほど急速な中国の近代化が世界に与える衝撃は史上前例のないものであろう。従って、世界がある程度懸念するのは理解できる。しかし、この懸念を払しょくせず、それを戦略的信頼へと転換させず、長期にわたって放置しておけば、中国と国際社会との関係に極めて大きな障害が生じ、「安全のジレンマ」に陥ることになりかねない。中米関係について言えば、戦略的懸念が払しょくされない限り、その破壊性は長期的視点に立てば、台湾問題より深刻なものになろう。
こうしたことに鑑み、昨年11月に開催されたAPCE首脳会議の期間中、胡錦涛国家主席は自ら進んでブッシュ大統領に中米間の戦略的対話を提案した。米国側は同盟国との戦略的対話しか行わないとの理由で一度は拒否したが、今年4月8日になってホワイトハウスは、戦略的問題にかかわるグローバル対話は行うと発表した。これは、米国の対中政策に新現実主義が現れつつあることを物語っている。初の戦略的対話が開催されたことで、中米間に平等な地位に基づく、広範囲な対話の枠組みが構築されたことは、中米関係の長期にわたる発展にとって非常にプラスとなる第一歩だと言えよう。
今年に入って以来の中米関係の現状から一部、その将来の発展傾向を伺うことができる。
まず、中米関係が総体的にその重要性を増していることだ。ブレジンスキー元国務長官はその著書「チェスボード」(The Grand Chessboard・1995年出版)の中で、2015年の世界は米国(USA)と欧州合衆国(the United States of Europe)、グレーター・チャイナ(greater
China)の「三強」によって主導されると予測している。その予測が現実のものとなるかどうかは定かでないが、現時点から見て、米国が超大国としての地位を維持しようとするのは最も明白であり、中国も急速な発展傾向が見られるのに対し、欧州連合(EU)だけがその将来には不確定要素が最も多い。従って、中米関係が、21世紀における国際関係の基本的性格を決定づける二国間関係となる可能性が大きい。この関係がどこへ向かうのかについては、現時点で解答はできないが、中国側としては米国と協力し、共通の利益という局面へと向かうことを望んでいる。この過程において、誠意ある腹蔵なき戦略的対話が徹底されるならば、誤解の解消や突発的なトラブルの減少に役立つであろう。
次に、二国間関係において中国の地位が向上したことで、中米関係は米国の政策によって一方的に決定されるものでなくなりつつあることだ。購買力平価(PPP)理論に基づいて計算すると、2004年の中国の国内総生産(GDP)は8兆ドル近くに達しており、米国の3分の2、日本の2倍に相当する。中国はすでに、ナノ材料や「神舟」宇宙飛行船、10万億回/秒のスーパーコンピューターなどのハイテク製品を開発・生産できるのみならず、国際市場で95%のシェアを占めるライターなどの下級製品も生産できるように、世界で最も完璧な産業チェーンを持つまでになった。また、研究・開発への資金投入も世界第三位にある。大学在校生数は米国の1500万人を抜いて2000万人を超えている。うち理工系卒業生数は米国と日本の総数の3倍である。都市化のスピードは90年代に入り、世界の平均スピードの2倍を維持している。都市化は社会問題を引き起こしたものの、同時に乗数効果で国民所得の蓄積も速めた(現在、農村部では0.067ヘクタール当たりの年間生産高は500元、都市部は2800元)。また軍事力の近代化も急速に進むなど、中国の発展モデルは西側のメディアから「北京の共通認識」と呼ばれている。
周辺諸国との関係が改善されたことから、いかなる中国封じ込め戦略もその目的は達成できないどころか、封じ込めようとする国は自身が孤立してしまうしかない。昨年11月と今年3月、西太平洋地域における米国の主要同盟国であるオーストラリアと韓国は相次いで、「台湾問題をめぐって中米間で衝突が起きた場合、必ずしも米国を支援するとは限らない」との姿勢を明らかにした。中国と欧州の主要国やロシア、インド、ラテンアメリカなどを含む発展途上国との関係が発展したことによって、中国の国際交流と外交活動の範囲はますます拡大しつつある。勿論、中国は依然、統一にかかわる台湾問題や国内の発展のアンバランス、エネルギーや環境の制約などの問題に直面している。とは言え、総体的に見れば、中米関係を含む国際情勢を把握する中国の能力はかなり向上したと言えるであろう。
第三は、中米関係の複雑さが際立っていることだ。今年に入り、ブッシュ大統領は二度も、両国関係は非常に複雑であり、一言では定義づけられない、と述べている。この認識は非常に正しく、かなり事実に近い。現在と今後の中米関係はまさに、近代国際関係史において最も複雑な大国間の関係だと言えよう。中米両国はいずれも大国であり、大きな潜在力を擁し、ソフト、ハード両面で能力を兼ね備えており、総合力では「総合優勝」型の国に属する。(相対的に、日本は典型的な「種目別優勝」型の国だと言われる)。米国が過去遭遇した競争相手に比べると、中国は国際貿易に積極的に尽力し、米国が主導して制定した国際ルールに適応しようと努力し、イデオロギーの対立を避け、協力による共通の利益を目指す外交政策を推進すると同時に、国内社会も利益の多元化と開放化に向けて進んでいいる。その一方で、中国は米国とは異なる核心的な価値観を持つ文明体系であり、政治面では共産党が指導する社会主義近代化の道を堅持しており、地政学的政治と国際問題においては米国と異なった立場を取っている。米国側から見れば、中国という国の性格を定めるのは難しく、中国の動向も不透明であるため、対中戦略の位置付けができないことから、変化する中で調整していかねばならないであろう。
第四は、米国の対中政策が新現実主義へと向かいつつあることだ。まさに今年に入って、中米関係に対して米国内に政治的雑音、干渉が生じたが、米国の主流となる社会においては中国を重要視する声が高まっている。例えば、主要メディアは中国に関する報道を増やし、多くの米議会議員が訪中するようになって、議会間の往来も頻繁となり、貿易額も世界平均の3倍というスピードで伸びているほか、また、朝鮮半島の核問題と国連改革をめぐる協力も進展している。中米間初の戦略的対話を機に、中国が台頭しているという事実を認め、核時代とグローバル化時代において中国との協力を模索することを目指す新現実主義が米国内に形成されつつあると言えよう。
中米関係の重要性に鑑みれば、両国の政府と指導者はこの二国間関係を重要視しなければならない。これは両国人民に対する責任であるだけでなく、世界に対する責任でもある。また中米関係が複雑であることから、戦略的次元から、確固とした政治的意志と卓越した外交手腕をもって両国関係を処理することも求められている。中米両国が力学的にバランスの取れた状態にあることは、その責任は一方に対してではなく、双方に課せられるものであることを意味しているのである。
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