「エイズ予防普及委員は私の人生の
重要な役柄」

――濮存�ﾏ氏が語る

封　けい

有名な俳優、濮存�ﾏ（ぼくそんきん）氏は十月下旬米国で、海外在住中国人が組織する慈善団体――「米国愛心基金会」から、「傑出成果賞」を授与された。同賞は、中国でエイズ撲滅に重要な貢献をした者を表彰するものだ。濮氏のほか、中国のエイズ撲滅事業に関心を寄せ支援してきたクリントン前米大統領、エイズ孤児を援護してきた香港「智行基金会」創始者の杜聡氏、エイズワクチンと治療法の開発に取り組んできた中国性病・エイズ防止センターの邵一鳴首席専門家も受賞した。

濮氏は多くの新劇や映画、テレビドラマに主役として出演しているほか、北京人民芸術劇院の副院長を務めている。近年、エイズ予防治療事業に活躍するスターとして知られるようになった。2000年から衛生部の要請に応えて、エイズ予防普及委員となり、映画人としての影響力を生かして、全社会にエイズを重視し、エイズ患者に関心を寄せるよう呼びかけるなど、エイズ患者やその家族に精神面、経済面から援助してきた。

光栄ある使命

2000年11月1日に衛生部副部長から「エイズ予防普及委員」の招聘状を受け取った際、濮氏は「荘厳な思いで胸は一杯となり、自分が困難を克服し、はては命までかけて難しい任務をこなす英雄のように感じた」と言う。

その2カ月前のある日、友人からの電話で、エイズ予防普及委員を務めてもらいたいとの衛生部の意向が伝えられた。それまで、エイズや感染経路などは、多くの人と同じようにほとんど理解しておらず、エイズという言葉の響きは、悪魔と同じように怖いものだが、濮氏には、幻でほど遠いものだった。

「少し考えたい」と答えたが、10分後には引き受ける、と電話で友人に知らせた。

このように何らためらうことなく応じたことに、衛生部は多少意外に感じたが、非常に喜んだ。これ以前に何人かの著名人に依頼したが、いずれも断られていたからだ。濮氏は有名人として初のエイズ予防普及委員を務めることになった。

『北京週報』記者のインタビューに応じた際、濮氏は「当時、少しも心配していなかったわけではない。エイズの感染経路を知らないことで、危険があるのではないかと考える一方で、自分のイメージにマイナスとなるのではないか、この仕事をやるのは自分がエイズに感染しているからだと疑われるのではないかといった心配はあった。だが、衛生部が政府機関として私に依頼したのは、このような時にこの仕事を引き受ける人を社会が必要としているからだ。選ばれた以上、私はもちろんその責務を果たす」との強い意志を示した。

「私は小さい頃から使命感を持つ人間になりたいと思っていた」。濮氏は1950年代半ばに北京の芸術家の家庭に生まれた。父親は北京人民芸術劇院の著名な演出家兼俳優。20歳になる前、多くの若者と同じように、世界を改造し、自らを鍛えようという理想を抱き、国の呼びかけに応えて、自ら進んで生活条件の非常に厳しい農村で数年間を送った。1970年代半ば、軍隊の新劇劇団の団員となり、その後、中国で最も有名な新劇劇団の北京人民芸術劇院に移籍し、人気の高い男優に成長した。先天的な個性、成長過程で受けた教育や体験などによるものか、濮氏は芸術家肌、理想主義的色彩の強い人物だ。

普及委員になってから、エイズ専門家の指導を受けたり、資料を調べたりするなど、関係する知識を学び始めた。エイズの病因と感染経路を理解すると、エイズへの恐怖感は消えたが、中国のエイズ感染の状況に危惧を抱くようになった。

ここ数年、公益広告やエイズを題材とする映画に出演し、市民や政府機関職員を対象にした養成講座を開き、政治協商会議に議案を提出するなど、数々の仕事をこなしてきた。それは社会にエイズの予防と治療を重視させ、エイズ患者に関心を寄せるよう呼びかけるためだ。

濮氏はこう強調する。「やる事はやればやるほど増えてきたようだ。やらないが、それともやるならうまくやらなければならないというのが私の原則だ」。

全社会の重視が必要

全国の大都市の空港、地下鉄の駅、街道などの公共の場所にここ数年、エイズ予防の公益広告が設置されるようになった。その多くに、濮氏の晴れやかな笑顔が見られる。

衛生部の濮氏抜てきは正解だった、と評価する人は多い。この数十年間に演じてきた役柄のほとんどは善人であり、さらにそのハンサムぶりから、市民の心に正直で晴れやかなイメージが焼きついたからだ。

実は、外見より重要なのは、氏の影響力だろう。全国政治協商会議（「全国政協」の略）の委員を務めているからだ。全国政協とは、社会各界の代表が参画して政治を討議する機構であり、委員が総会に提出した議案は政府の政策決定に大きな影響を与えることがある。2001年３月、エイズ予防普及委員になって初めて出席した会議で、街頭広告の形でエイズ予防キャンペンを拡大することを提言。その年の末、北京と上海の地下鉄や駅、全国18の国際空港に、エイズ予防を訴える公益広告の大型看板が設置された。それ以来、会議に出席するたびにエイズ予防キャンペン拡大について新たな提案を行ってきた。

「エイズの脅威や持続可能な発展にもたらす影響に対する政府や全社会の認識の程度は、エイズウイルス（HIV）の急速な蔓延の動きにかなりの遅れを取っている。中国のHIV感染者数は約85万人と推計され、13億という人口の基数に比べてその比率は小さく、一般の人が生活の中でエイズ患者と接触する機会は非常に少ないことから、エイズは自分とは関係のない、無縁なものだと思いがちだ。しかし、エイズが中国で初めて感染が伝えられてから今日まで、感染者数は上昇する一方だ。実効性のある措置を講じなければ、2010年までに、患者は1000万に達する可能性もある、と専門家が予想している」と説明する。

さらに「私の責務は各地方の政府や市民を含む全社会に、この事実を重視させることだ。すべての中国人に、エイズは私たちの近くにいることを知らせたいと思っている。警戒意識をもたせるとともに、エイズに関する知識を普及させて、そのために、いかに感染と被感染を避けるかを理解させていきたい」と強調。

その上で濮氏は「実は、エイズの感染は、血液と性行為、出産という三つに限られている。この点を注意すれば予防はできる。例えば、性交渉をする場合にはコンドームの使用が最良の方法だ」と指摘する。

濮氏は学校や繁華街など公開の場所でコンドームの着用を訴え、無料配布するキャンペン活動にも参加。昨年はタイの招きに応じて、映画女優の蒋?麗さんとともに、「タイ・中国エイズ予防レッドリボン共同行動」に参加し、バンコクの繁華街で若者たちや外国人観光客にコンドームを配布した。キャンペンに使われたコンドームには彼をコミック風に描いた絵がついている。そこに氏の熱心さが窺える。ある日、北京での街頭キャンペンが終わった時、主催者側がコンドームの入った紙袋を彼にプレゼントすると、「１人でこんなにたくさんは使えないから、皆さんに贈りましょう」とユーモアを飛ばしながら、大笑いする人たちに手渡したこともある。コンドームという私生活上のモノを通して、エイズの予防という話題が公然と語られるようになったのは、濮氏の個人的魅力とその泰然とした人柄によるものではないだろうか。

「市民だけでなく、各地方政府機関を対象にしたキャンペンや要員の養成も非常に重要だ。結局のところ、政府が重視し、努力すれば、すばらしい社会的効果を上げることができる」と強調。衛生部の責任者と専門家数人とともに、十数の省・直轄市で高級や中級、末端組織の幹部を対象にエイズ予防養成講座を開設。現在、講座を希望する地方は増え続けている。「各地方の幹部がエイズの予防を重視するようになったことは、非常にうれしい」と氏は相好を崩した。

敵はエイズで患者ではない

「私たちの敵はエイズであり、HIV感染者とエイズ患者ではない」。多くの場所で濮氏が強調してきた。「どのように感染したかにせよ、エイズ患者はまず病人であり、最低限の尊重とケアを得るべきだ」。

今年４月、濮氏はエイズをテーマにした映画の撮影準備のため、中央テレビ局記者と山西省のあるエイズ患者の家庭を取材。夫婦に子供２人の楽しかった生活は、夫が不幸にしてエイズに感染したことで暗転した。暗くじめじめした洞穴式の住居の中で丸一日、家族と一緒に餃子を作ったり、世間話をしたりして、暗かった家庭は笑い声に包まれた。濮氏は妻が買った日用品や学用品をプレゼントした。二人の子供を見ていると、ふと自分の娘や北京で暮らす子供たちの幸せな生活が思い出され、悲しみが込み上げてきたと言う。別れ際に、手元にある1700元を手渡し、携帯電話の番号を書き留めながら、２人の子供が学業を終えるまで経済的に援助する、と父親に約束した。「父親の感激した眼差し、途切れたその言葉に、エイズ患者たちがどれほど社会のぬくもりを渇望しているかが感じられた」と話す。

社会では、エイズに関する知識の理解が足りないことから、エイズ患者を差別することがよくあり、エイズ患者は大きな精神的プレッシャーを感じ、生きていく上でも大きな圧迫を受けている。

濮氏が陝西省で出会った感染者の農民。彼は栽培した小麦を誰かに焼かされてしまい、供出穀物や土地税さえ納められなくなった。北京佑安医院。女性のエイズ患者は涙をためながら濮氏に訴えた。「郷里では、家族や村人も私を嫌がり、構ってくれないのに、あなたは嫌がらずに私の手を握ってくれた。ほんとうに怖くないですか」。濮氏は「怖ければ来ませんよ」と笑いながら答えた。

実際、多くの人から「エイズ患者と頻繁に接触して、感染は怖くないのか」と聞かれるらしい。その都度、「かなり鋭い果物ナイフでも、体に刺さない限りは安全だ。エイズも同じようなもので、感染が速く死亡率も高いが、血液と体液という二つの感染経路から断ち切られていれば、普通に触れ合っても感染することはない」と答えている。

「私はとりもなおさず、エイズ患者と触れ合うことで、エイズ患者にはなんら怖いところなどなく、差別されるべきではないことを訴えていきたい。これが濮氏の信念だ」

また社会に対し、エイズ患者の生存権に関心を寄せ、彼らの労働を尊重するよう絶えず呼びかけるだけでなく、手を握ったり抱き合ったりするなど、この呼びかけを身をもって実践している。

山西省聞喜県に住むエイズ感染者の手工芸職人。夫婦２人はこれまで、布製のトラを作ることで生計を維持してきた。濮氏は見舞いに訪れた際、病に屈しない２人の精神に深く感動。布製のトラには芸術的価値を感じ、先に1500元を手渡して、約200個のトラの販売を請け負った。友人に合うたびに、「トラは売れたか」とよく聞かれたという。

濮氏は「社会の差別を無くす、エイズ患者に関心を寄せるのは、患者たち自身が尊重されなければならないからであり、また全社会にとっても有益なことだからだ」と見ている。

「専門家の推計では、中国には約85万人のHIV感染者がいるとされているが、病院の検査記録ではわずか6万人足らずだ。つまり、約80万人が感染を知りながら、あるいは知らずに社会生活を送っている可能性があり、新たな感染者が生まれやすい状況にある。では、どうして検査に行かないのか。感染を人に知られるのが怖い、というのが最も最大の理由だ。これは社会の差別によるもので、正常なことではない。だからこそ、私たちはエイズに関する知識を様々な形で広め、エイズは怖れることはない、エイズ患者を差別してはいけない、彼らの生活に干渉してはならない、エイズを理由に彼らを解雇してはならないことを訴えていく必要がある。望ましい社会環境が整いさえすれば、彼らは心配せずに暮らすことができ、自ずと検査に行くことだろう。こうなれば、社会にも彼らにも有益だ」と強調する。

ある日、入院中のエイズ患者を見舞った後のことだ。患者の１人が濮氏の手を取りながら真顔で「エイズは私で終わりにしたい、誰にも感染させたくはない、約束する！」と語った。善良で責任感のあるこの言葉に濮氏はつくづく感動された。「こういう方向へと進んでいけば、社会循環はより良くなっていくだろう」