中国医学を再考する
中国医学(漢方)にとって、現在の苦境からいかに抜け出し、時代の潮流に順応して引き続き発展していくかが、重くまた差し迫った問題となっている。
馮建華
一人の学者が発起したネットワーク署名運動が、最終的にこれほど大きな社会的反響を呼ぼうとは恐らく、誰もが予想しなかったことだろう。
10月7日、署名を求める公告がネット上で急速に広まっていった。中国医薬を5年以内に国の医療体制から外して民間に戻す、というのが提言する内容だ。
公告を発したのは、湖南省の大学教授である張功耀氏。科学思想史の研究者で、中国医薬界では社会的影響力はない。だが、署名運動は急速に多くの支持を得た。しかも大多数が医療・衛生関係者だったことが、メディアによって明らかになった。
だが、事はこれだけにとどまらない。知名人が「中国医学取り消し」支持に次々と加わったため、この分野で起きた論争は一気に現実の生活に強い衝撃を与えることになった。
異分野からの疑義に対し、一部地方の中国医学界は“防衛戦”を呼びかけた。なかでも、張氏が住む湖南省の中国医学界の反応はより強い。報道を知った同省中国医学研究院付属医院の主任医師、栄新奇氏は激しく憤り、法律相談を受けた後、誹謗したとして張氏を訴えることを決めた。
事態のさらなる拡大を防ぐためか、関係政府機関も直ちに反応を示した。衛生部の毛群安報道官は、こうした署名行為について「歴史に対する無知であり、現実に中国医薬が果たしている重要な役割に対する無知でもあり、衛生部はこうした発言ややり方にはあくまで反対する」との考えを表明。国家中医薬管理局の報道官も新華社の取材で、ネット署名運動を「人心の得られない茶番劇」と表現した。
根本的な争点
この論争で最も根本的な問題は、中国医学は科学ではない、ということだ。
中国科学院会員で、著名な理論物理学者の何祢?氏は「偽科学に反対する闘士」として有名。インタビューに応じた際、「中身のない、聞けば聞くほど意味不明の中国医学理論は、典型的な偽科学であり、立ち遅れた生産力の代表でもある」と直言してはばからない。
中国医学の取り消しを主張する人たちはこう主張する。西洋医学は物理や化学、生物学、統計学などを基礎に確立され、すでに現代科学の一部になっており、西洋薬剤の治療効果と副作用は西洋医学理論と臨床試験で明確に解釈され、論証されている。
これに対し、中国医薬の陰陽五行などの理論は奥が深く抽象的すぎるため、現有の科学知識では理解や解釈が難しく、しかも医薬は臨床応用の段階でも多くの不確定要素がある。中国医学で診断された同じ10種の病気でも、10の治療法が用いられ、しかもその差は非常に大きい。これは西洋医学ではほとんど見られない。医薬材料の性能や毒・副作用についても、今のところ西洋医学のように厳格な臨床試験は行われていない。こうしたことから、多くの人が、中国医学には一部で有効な薬剤や治療法はあるものの、一種の経験の蓄積に過ぎず、しかも科学ではないと考えている。
「中国医学の問題は主にその治療効果と危害性にある……従って、現在の条件の下で、中国医学と医薬を国の医療体制から外すことは、国の医療全体を高める上でメリットがある」と張氏は強調する。
数千年の歴史を持つ中国医学は一時、中国の「国粋」と見なされた。西洋医学が多くの国民に受け入れられるようになったのは、1949年の新中国建国後のこと。それ以前は、医療体制のなかで中国医学は絶対的な地位を占めていた。そのため、中国医学を軽視する発言に多くの人が強く反対するのは、理にかなったことでもある。
北京朝陽医院肝移植センターの主任で、長年にわたり米国で西洋医学を学んだ経歴のある陳大志博士は「現在の中国医薬理論はうまく解釈することはできず、また非科学的だとも言うことはできない。後に科学的だと証明された多くのものも、それ以前はうまく解釈できなかったからだ。別の観点から見ると、西洋医学の治療手段には、現代医学理論に基づいても、根本的に解釈できないものが多数ある。こうして見ると、非科学的なのか?! ましてや、西洋医学では治療できなくとも、中国医学のほうがむしろ良い治療効果を上げる疾病も少なくない」と説明する。
30年余り民間で中国医学に従事してきた侯満臻氏は別の観点から、「中国医学と西洋医学の相互補完性は非常に大きいため、優劣がつけ難い。中国医学には一定の欠点があるが、それに基づいて西洋医学の角度から中国医学を否定、ひいては排斥しようとするのは、全く理にかなったことではない。中国医学にとって不公平なことだ。中国医薬は歴史的に自然に回帰する緑の運動と見なしてもよく、これは世界の発展の潮流に合致しており、その将来は明るい」と話す。
自らが苦境に
論争自体から離れて、現時点で確かだと言えるのは、中国医薬がその発祥地の中国で発展に向けて苦境に陥っていることだ。
この論争について、ある有名なサイトが先ごろ調査を実施し、約2万人から回答を得た。「中国医学をどう見るか」との質問に関しては、支持するが約74%、反対はわずか17%。だが、「病気になったら普通、西洋医学と中国医薬のどちらを選ぶか」については、西洋医学と答えた人が約58%と、中国医学を15ポイント上回った。
中国医学は継承性の極めて強い科学だ。だが、「開業医法」の規定によれば、資格試験を受けるには医学学校で4年以上学ばなければならない。しかも試験内容の5分の2は西洋医学に関する知識だ。実際、中国医学の治療水準の高い人はかなりが民間に“潜んで”いるが、西洋医学が分からず、外国語も分からないために、医術が優れていても、開業医の資格は取れず、そうしたことから医術の伝承は途絶え、中国医薬も高齢者が亡くなるにつれ完全に消え去ろうとしている。
また、現行の医療法執行制度も民間の正常な医療行為の妨げとなっている。現在の体制の下では、たとえ医療行為に誤りがなくとも死亡者が出た場合、訴えられれば、民間の漢方医は制裁を受けなければならない。ほかにも不合理な点がある。医療事故が起きた際に、西洋医学の医師による検視を受ける必要があることだ。中国医学と西洋医学は異なる体系に属するため、見解に大きな食い違いが生じ、これがある程度、漢方医が治療を施す際に敢えて柔軟な考え方をせず、慎重になりすぎるということにもつながっている。
漢方医は1912年には80万人いたが、49年に50万人まで減少し、現在は30万人を下回る。別の統計によると、名医と言われる漢方医は80年代の5000人から現在は約500人まで減少しており、いずれも88歳を超える高齢者だ。
このため、中国医薬は伝承の危機に陥っている、と警告を発する人もいる。だが、北京中医薬大学中薬学院副院長の張氷教授は「これは前進する中での問題にすぎず、過度に心配する必要はない。中国医薬の高等教育が発展するに伴い、以前の主に師弟伝承の時代に存在していた人材危機の問題は徐々に緩和していくからだ」と指摘する。
全面的な振興
中国政府は中国医薬事業が発展に向けて遭遇している苦境を認識するとともに、局面の打開策を打ち出した。
中国医薬はすでに130カ国・地域に伝わって、漢方薬の応用は拡大しつつあり、販売量も絶えず増大している。世界保健機構(WHO)の統計によると、漢方薬治療を行っている人は世界で約40億人に上り、今後5〜10年で、売上高は2000億〜3000億元に達すると予想される。だが同統計では、漢方薬の販売から見ると、世界の植物薬市場の年間売上高は約160億ドルだが、うち日本が80%、韓国が15%を占め、漢方薬の発祥地である中国は3〜5%にすぎない。輸出額もわずか8億ドル強だ。
「天然の薬剤は日増しに重視され、多くの国が多額の資金を投入して、中国医薬の研究開発を強化し、特許や基準などの技術手段を通じて市場を占有しており、中国医薬の発展にとって脅威となっている」。今年8月初めに公布・施行された「中国医薬事業発展の第11次5ヵ年(06〜10年)計画」はこう明記している。
中国政府は計画の中で、中国医薬事業を全面的に振興させる政策と措置、目標と任務を提起。10年までに(1)全国の郷・鎮の衛生院に中国医学科を設置、あるいは中国医薬サービスを提供させて、サービスを全体の30%前後まで引き上げる(2)中国医薬に関する法律を制定して、中国医薬の基準体系をほぼ確立する(3)中国医薬による一般病、多発病の防止・治療能力をさらに高めた上で、心脳血管病や糖尿病、悪性腫瘍、慢性呼吸器系統疾病、腎臓病など重大な慢性病の中国医薬による防止・治療を重点的に強化することで、総合防止・治療計画をほぼ実現するとともに、中国医薬の特徴のある治療効果評価基準を確立する――ことを掲げている。
国家中医薬管理局は10月22日、第11次5ヵ年計画期間中に、中国医薬事業への資金投入を拡大することを明らかにした。資金は50億元に達する見通しだ。第10次計画では約8億元にすぎない。
中国医薬事業をどう振興させるかについて、多くの専門家は政策面からの支援のほか、教育モデルの改定が急務だと強調している。
現在、中国医薬は主に大学教育というモデルを採用して人材を養成している。統計によると、05年時点で医薬大学数は32校、在校生数はおよそ39万人。5年前はわずか8万人。
中国医学の民間の名医、高需貴氏は「現在、中国医学の大学は西洋化の傾向にあり、その内容がカリキュラムで絶対的比重を占め、養成された人材は西洋医学の思想や思考、あるいは非純粋な中国医学の考え方を吸収している。また、中国医学関連の教材に西洋医学の理念が取り入れられ、中国医学自体の理論的基礎が薄れているため、大学生は中国医学に対する信頼を失いがちだ」と指摘。
この点について、張氷教授は「中国医薬の大学教育は一貫して合理的なモデルを模索してきており、論争や異なる意見が出るのは正常なことだ。私が見るところ、総体的に言って、より合理的な方向へと発展しつつある」と冷静な認識を示す。
この数年来、一部の有識者や業界の専門家は、中国医薬事業の発展をより円滑に促し、師弟の伝承という民間モデルを大々的に提唱しなければならないと訴えてきた。現在、地方政府あるいは民間には意識を持ってこうしたモデルを復活させたところもある。例えば、広東省は高基準の漢方研修班を設置し、中国医薬のしっかりとした基礎と豊かな臨床経験を持つ学生を選抜し、名医が弟子にすることで、新世代の「中国医学の大家」を養成する試みを始めた。
張氷教授は「中国医薬事業の振興は複雑なシステム工程だが、今最も重要な問題は、科学的理念を踏まえて、中国医薬の道理、システムを確立することだ」と強調する。
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