2006 No.50
(1204 -1210)
 

アドレス 
中国北京市
百万荘大街24号
北京週報日本語部
電 話 
(8610) 68326018 
(8610) 68886238

>> 重要文章

人権事業の発展を積極的に促進

――人権事業はいま歴史的な進歩を見せ、この事業に役立つ方向へと発展しつつある。

唐元ト

一時期、新聞「北京青年報」に一部病院のトイレの衛生状態に不満を表す電話が殺到した。「医療施設は北京全体ないし全国でも最も良いほうだが、トイレは実に汚く、病院の名声にそぐわない」。これを受けて、数人の記者が北京にある医療技術水準の高い20近くの病院を極秘で取材。8月24日から第1面で「多くの大病院でトイレは非衛生的」と指摘する報道をシリーズで掲載した。

この取材の詳細は、11月17日から26日まで開かれた人権をテーマにした初めての大型総合展示会「中国人権展」の「公民の自由の権利の保障」の中で、「人民日報」の「議会・政治への提言」と共に紹介された。同展示会の主催者の1団体である中国人権研究会の董雲虎・副会長兼秘書長は「この取材内容は社会の問題を反映したものであり、問題は小さなように見えるが、一般患者の最も切実な人権を直接害するものだ」と指摘した。

ちょうど40年前、国連は「経済的、社会的および文化的権利に関する国際規約」と「市民的および政治的権利に関する国際規約」を採択。これにより世界に知られる「国際人権規約」という人権法の基本的文書が生まれ、国際人権事業の発展に向けた一里塚となった。政府は国連の関係する人権規約を積極的に批准、履行しており、すでに国連の22の国際人権規約に加盟している。国務院新聞弁公室の蔡武主任は「この時期に中国人権展が開かれたことは、中国が国連人権規約や国際的な人権に関する基本準則を承認し、尊重する積極的な姿勢を具現化したものである。また『国家の尊重と人権の保障』という憲法の原則を堅持し、中国の人権事業の進歩と発展を絶えず推進することが中国の執政と振興にとって重要な理念であることを示すものでもある」と強調。

「展示会という形でいかに中国の人権を正確に示すかが、全く新たな課題となっている。とくに過去の長い期間、我々は政治や法律で『人権』という概念を使ったことがなく、人権という角度から中国の歴史や現状を思考、分析することが非常に少なかったために、実際に展示会の開催にあたって比較的大きな困難にぶつかった」。董副会長は率直にこう語る。

董副会長によると、「人権」はかつて聖域だった。百年近くにわたる帝国主義と封建主義の抑圧の下、中国人は人権面で大きな災禍に遭い、さらにこのために苦しい闘争を展開してきた。だが、1949年10月の中華人民共和国建国後のかなり長い期間、中国は憲法や法律で「人権」という概念を使わなかったばかりか、思想や理論面でも人権問題を「タブー」と見なし、とりわけ「文化大革命」(66〜76年)の時代には、極左思想の影響を受けて、「人権」はブルジョアジーの“特許”だとして批判され、実践の中でも人権は軽視、侵害されてきた。

89年に江沢民氏ら指導者は、中国の人権は憲法第2章の公民の基本的権利と義務に具体的に示されている、と明確に指摘した。91年11月1日には、国務院新聞弁公室が白書「中国の人権状況」を発表。中国が世界に公表した人権を主題とした初の政府の公式文書であり、人権の普遍的な原則と、中国の歴史と現実とを結合し、「生存権と発展権が中国人民の主要な人権」という基本的観点から、中国の人権観を鮮明に打ち出し、中国の人権の真の状況を系統的に記したものだ。97年9月に開かれた中国共産党第15回大会では、「人権」の概念が初めて報告に盛り込まれた。02年11月の第16回党大会も再度、報告の中で「人権の尊重と保障」を新たな世紀、新たな段階での中国共産党と国家発展の重要目標に定めた。04年の第10期全国人民代表大会(全人代)第2回会議は「人権」の概念を初めて盛り込み、「国家の尊重と人権の保障」を明確に規定した憲法改正案を採択した。

人権展の第2展示ホールでは、固定電話から携帯電話、腕時計や自転車、ミシンからカラーテレビ、自動車などにいたるまで、大量の展示品と写真、図表などを利用することで、中国人の生活に生じた実際的でかつ様々な変化と人権の進展状況を紹介しようと試みている。

董副会長は「中国は一貫して生存権と発展権を優先してきたが、中国が言う人権とは生存と発展だけでなく、経済や政治、社会文化などの権利の協調のとれた発展も含まれている」と強調。さらに「中国数千年の文明史のおかげで、私は少数民族の権利、女性・児童の権利と障害者の権利などを自ら解決できるようになった。これが中国の人権の特色である」。

その根拠の1つとなるのが、民族地域の自治制度が中国憲法の中で基本的な政治制度となり、法律に基づいて少数民族が平等の権利と特殊な権益を享有することを保障し、少数民族が共に近代化の発展の成果を享受できるようにしていることだ。

「女性は天の半分を支える」。毛沢東がこの言葉を語ったことで、「天の半分」が女性の代名詞となった。長い間、ほとんどどんな職業であれ、女性はいずれも「男性と同じように仕事をすべきだ」と考えられ、結婚や出産が退職の理由になることはなかった。中国憲法は「女性は政治的、経済的、文化的、社会的に、また家庭生活などの面でも男性と平等の権利を享有する」と明確に規定している。中国共産党中央党学校人権研究センターの張暁玲主任は「現在、憲法をもとに、女性の権益保障法を主体に、一連の関係法律を含めた、女性の発展を促進し、そして女性の権益を擁護する法体系が徐々に形成されつつある」と説明する。

92年、政府は女性の権益を全面的に保障する初の基本的法律となる「女性権益保障法」を公布。95年には、性の平等を促進するための行動綱領である初の「中国女性発展綱要(95〜00年)を制定し、01年には第2版(01〜10年)を公布した。この年、改正された「婚姻法」には初めて「家庭内暴力を禁止する」との規定が盛り込まれた。03年には、結婚、離婚、配偶者を亡くした女性は土地を取得できるとする平等の権利を強調した「農村土地請負法」が公布された。05年改正の「女性権益保障法」は「男女の平等が国家の基本国策である」と明確に規定すると共に、就業の差別と家庭内暴力に反対すると強調しているほか、「性的嫌がらせ」が初めて明確に規定された。

「中国女性の人権分野での新たな発展傾向は、女性を支援する各種の非政府組織(NGO)が生まれ、発展してきた結果だ」と張主任は強調する。現在、女性関連のNGOは約1万。なかでも婦女連合会は国内最大の組織であり、労働保障法の監視員制度の確立など、女性の人権保障で重要な役割を果たしている。現在、こうした制度があるのは29の省(自治区・直轄市)。昨年は全国31省の婦女連が女性の権利擁護と家庭内暴力防止のためのホットラインを開設した。

70年代末に改革開放が始まって以来、国民経済は急成長を持続し、6000万人といわれる障害者の生存権と発展権を保障するための確かな物質的基礎が築かれた。「人民日報」の論説員はかつて「中国人障害者の生活の質が大幅に向上した時期であり、障害者の人権状況が最も顕著に改善された時期でもある」と強調したことがある。

88年に中国障害者連合会が設立されて以降、政府は障害者事業に関する「5カ年計画」を制定するたびに毎年、投入資金を大幅に増やしてきた。03年からは専門の公益金を拠出し、障害者のリハビリや教育、貧困支援の資金を増大しているほか、衛生や教育、労働、民政などの関連機関も政策を制定するに際には、障害者の特別な要望に基づいて支援を強化し、様々な優遇措置を講じている。こうたことから、彼らの生存の権利、健康の権利、労働の権利、教育を受ける権利などは全面的に改善された。

03年12月10日、中国障害者連合会のトウ朴方主席は5年ごとに授与される「国連人権賞」を授賞した。氏は中国の改革開放の提唱者であるトウ小平の長男で、「文化大革命」時代、その“身分”から父親と共に非人道的な迫害を受けて半身不随に。「人権は、純粋で高尚な追求だ。個人の人生の中で、かつて尊厳と自由が失われた苦痛を味わったが、そのことが人類の尊厳と自由の価値をより深く認識させてくれた。運命に感謝することで、障害者が直面する困難を肌で体験し、彼らの権利を擁護し、彼らの状況を改善するためにたゆまぬ努力をする機会を得ることができた」

第16回党大会以降、総書記に選出された胡錦涛氏と新中央指導部が「人を本とする科学発展観」と「社会主義の調和のとれた社会の構築」という戦略的思想を打ち出したことで、人権の尊重と保障はこれまでになく強まり、中国の人権に関する理論と実践は一里塚とも言える進展を遂げた。人権の尊重と保障は中国共産党の執政と振興にとって重要な理念、国の根本となる憲法の重要な原則、国民経済と社会発展にとって重要な内容、対外交流と協力を進める上で重要なテーマだ、と論評する声がある。

もちろん多くの中国人は、人権事業の進展の過程で多くの問題や矛盾に直面することはしっかりと認識している。「生じた問題の解決方法を探し出すには、教育や交流、討論を行って、公民個人の権利の保護を具体的な国情という状況の中での実現に役立たせ、とくに強力な法制度システムを確立する必要がある」。11月23日に北京で開かれた国際人権シンポジウムに参加した専門家はこう強調した。立法や法執行、司法、執政、行政の各段階での仕事をさらに適正化し、公共の権力機関の公務執行過程での法に基づく執政と行政、公正に法を執行する司法、正確な職権の履行を確保しなければならないとも強調。また、人々の心の奥深いところに根ざした普遍的に人権を尊重し保障する精神文化を育成する必要があり、人権の尊重と保障は政治文明と制度文明を具体的に示すばかりでなく、精神文明も具現化させる必要があるとも指摘している。