2004 No.37
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>> 国際評論

 

ロシアにも“9.11”

――より厳しい試練に立たされたモスクワ

丁志涛

2001年に世界を震撼させた同時テロを意味する“9.11”。この名称は、破壊力の巨大なテロ事件に形容できるようだ。3月11日にスペインのマドリードで発生した列車爆破事故はヨーロッパの“9.11”で あり、8月にロシアで起きた旅客機2機の同時墜落は、まさにロシアの“9.11”と言える。

現地時間8月24日の夜10時すぎ、モスクワ・ドモジェド空港から、2機の旅客機が40分の間隔をおいて黒海の保養地・ソチ、南部のボルゴグラードへと向かった。先に飛び立ったシベリア航空ツボレフ(Tu)154型機はロストフ州で、ボルガ・アビアエクスプレス航空同134型機はトゥール州で同時刻に墜落し、合わせて90人が犠牲となった。

悲劇の発生には、チェチェン共和国大統領選がわずか5日後に控えていたこと、プーチン大統領が静養中のソチと古都として知られるボルゴグラード行きの旅客機をターゲットにしたこと、2機が同じ空港を飛び立ったこと、ほぼ同一時間に墜落したことなど、不可解な点が多い。偶然すぎることから、単なる事故に過ぎないとは信じ難い。憶測は早急に実証されるだろう。ロシア連邦保安局は「旅客機2機の墜落はテロの可能性もある」との考えを示している。

8月27日、連邦保安局のイグナチェンコ報道官はメディアに対し「ソチ行きツボレフ154型機の残骸を調べた結果、爆発物の痕跡を発見した」と発表。ボルゴグラード行き134型機の事故調査も大きく進展した。爆発はいずれも機体の尾翼近くで発生。犯人は乗客名簿にあるジェビルハノワ氏、アマンダ・ナガエワ氏の2人の女性ではないかとの疑いが強い。2遺体とも家族の引き取りがないからだ。彼女らは北カスカス地方で「黒装束の寡婦」と呼ばれていたという。

頭から足先まで黒のベールと服で覆った「黒装束の寡婦」の出現は、まさにチェチェン共和国の現状を物語る。チェチェン女性は今、非常に悲惨な状態に置かれている。2度にわたる戦争で15万人が一家離散し、多くの女性が夫、父母や兄弟を失った。10年の長きに及ぶ無秩序と戦争が女性にも武器を持たせる結果を招き、女性の自爆テロは増え続け、その破壊力も脅威だ。この数年間にロシアで多数の死傷者を出したテロ事件には、こうした女性も関与している。

チェチェン問題が長期にわたり解決されないのは、チェチェン人とロシア人との間の深刻を増す矛盾と密接な関係がある。ソ連崩壊の前日、チェチェン独立勢力の中心人物だったドダーエフ氏が政権を奪取し、チェチェンの独立を宣言。その後、ロシア当局はチェチェンの武装勢力を掃討するため2度、軍隊を出動させた。だが、窮地に追い詰められた残留勢力は激しい抵抗を続け、しかもテロ攻撃に出るようになった。武装勢力は国際テロ組織と関係を持ち、国外から軍事・財政・人的な面で支援を受けているとされる。

プーチン氏は大統領就任後、様々な措置を講じてチェチェン問題の解決に力を傾注してきた。武装勢力を掃討すると同時に、チェチェンの新憲法を制定し、政権の樹立や経済再建を急ピッチで進めるなど政治、経済的手段を通じて法体制を徐々に整備してきたことで、チェチェンの社会・経済情勢は好転しつつあった。だが、マスハドフ元大統領を指導者とする独立勢力はゲリラ戦やテロ事件でロシア当局に対抗。最近になって、マスハドフ氏はチェチェン(武装勢力)の「軍事行動はロシア国土に及ぶだろう」とか、「戦争は早晩、戦争を画策した場所(モスクワを指す)に戻って行う」と公言していた。

独立勢力は行動を一段とエスカレートさせてきた。プーチン大統領がチェチェンを訪問する予定だった前日、8月21日の深夜から翌朝にかけ、この数カ月以来で最も過激な襲撃を行い、少なくとも90人が犠牲となった。マスハドフ氏は6月以前、ロシアを目標とした襲撃を一段と強化し、旅客機への攻撃手段をも排除しないとのメッセージを発していた。

マスハドフ氏は旅客機2機の墜落事件への関与は認めてはいないが、世論はチェチェンのテロ組織が関与したと推測している。8月27日、「イスラムブリ旅団」と名乗る組織がイスラム系インターネットサイト上で、「ロシア旅客機2機を墜落させた事件に対し責任を負う」と宣言し、この行動は「ロシアがチェチェンのイスラム教徒を殺害したために講じた報復だ」とする声明を出した。

中国現代国際関係研究院反テロ研究センターの李偉主任は「今回の事件はチェチェンの独立勢力と関係している可能性があると考えている。独立勢力と国際テロ組織が連係して画策したもので、その目的は、5日後に控えたチェチェン大統領選を混乱に落とし入れて、連邦政府寄りの人物による政権の樹立を阻止することにある。また、モスクワのチェチェン問題解決に向けた戦略的政策を混乱させることも目的だと思われる。プーチン政権は今後、より厳しい政治的試練にさらされると同時に、利害得失に向け判断を迫られることになるだろう」と分析する。

先ず、財政事情が厳しい中、いかに軍事支出と経済発展のバランスを図るかが問題だ。高圧的な政策を講じることが今も尚、テロリストに対して勝利を収める“宝刀”とされている。従って、プーチン政権は今後もチェチェン問題の解決に向けた基本的な姿勢として、軍事的掃討に加え政治的に分化させる政策を継続していくだろう。旅客機墜落事件を契機に、プーチン政権はチェチェン政策への民意を基礎にその合法性を更に強めていくだろう。政権を更に維持するために強硬なイメージを打ち出す、即ち、危機を機に大統領の権限を拡大し、軍事支出を増やして国の安全を保障していくためだ。だが、投資が低迷しているロシア経済にとって、これを実行するのは決して容易なことではない。

第2に、プーチン政権は、緊張関係にある西側諸国と協力できる共通点をいかに模索できるか、という難題を抱えていることだ。今回の旅客機墜落事件がテロリストによるものだと確認されれば、テロリストの取り締まりには大国の協力が必要であることを各国に警告することができる。ロシアが強く求め、また米国が反テロの必要性を考慮した場合、チェチェン独立勢力はテロリストに指定されるだろうが、ロシアの対チェチェン政策はむしろ米国をはじめ西側諸国からは強い批判を浴びている。テロリストの取り締まりに関しては、大国同士の不信がテロ行為を助長し、放任させているばかりか、いずれの国もテロ対策費が膨れ上がっていることがテロリストを温存させていると言われる。そのためプーチン政権は、対米関係を修復し、チェチェン独立勢力の取り締まりに向けた国際協力を増強することを外交政策の柱に据えると思われるが、「双方が利するための博打」が米政権の同意を得られるかどうかは依然未知数だ。米国が同意しない場合、プーチン政権の対外政策は悲観的な方向へと後退し、それに対抗することで米欧の「テロ拠点」の取り締まりへの努力はそがれることになる。同時に米ロ関係は直接、国際社会の枠組みの再構築にも影響を及ぼすことになるだろう。

今回の旅客機墜落事件がロシアや世界政治にどんな影響を与えようとも、救われるのは、爆発音がチェチェン再建に向けた歩みを止められなかったことだ。同時墜落事件が起こり、テロ行為がエスカレートしても、大統領選に参加しようとする市民の情熱は変わらなかった。チェチェン共和国では8月29日に大統領選が予定どおり実施された。選挙管理委員会の暫定統計によると、約50万人が投票し、投票率は85%。これほど高い投票率は市民が不安定な生活に厭世的になり、平和と発展を渇望していることを示すものだ。チェチェン検察庁のクラフチェンコ長官代行は「選挙民は、全ての市民と政府の団結と協力がなければ、正常な生活はないことを認識してきた。チェチェン人は『統一されたロシア連邦内で平和で、創造的な発展の道を歩む』ことを選択した」と強調した。

チェチェン共和国大統領選では7名の候補者のうち、ロシア政府の支持を得たアルハノフ内相が74%近い得票率で順当に当選。アルハノフ氏は5月9日に首都グロズヌイのディナモ・スタジアムでの爆破事件で死亡したカディロフ前大統領の側近で、選挙期間中、前大統領の再建路線を継続することを表明している。多くの市民がチェチェンの安定と発展への期待をアルハノフ氏に託したと言えるだろう。

とはいえ、投票日の2日後には、モスクワ北部の地下鉄駅付近で女性による自爆テロが発生、10人が犠牲となり、51人が負傷した。これも「黒装束の寡婦」による疑いが濃い。ロシアの“9.11”が収束するにはまだ時間がかかりそうだ。


「関係資料」

過去2年間にロシアで発生したテロ事件

◆2003年5月12日

チェチェン共和国内で起きた爆破事件で、54人が死亡、197人が負傷。

◆同年7月5日

モスクワ西北部のトシヌオ空港で起きた同時爆破事件で、16人が死亡、約40人が重症。

◆同年12月5日

南部スタフロボルで列車が爆破され、42人が死亡、約200人が負傷。

◆2004年2月6日

モスクワで地下鉄が爆破され、約40人が死亡、約130人が負傷。

◆同年5月9日

チェチェン共和国首都グロズヌイのディナモ・スタジアムが爆破され、7人が死亡、53人が負傷。カディロフ大統領も死去した。

◆同年6月21日夜〜22日早朝

 イングーシ共和国ナズランなど複数の都市で司法機関が襲撃され、90人が死亡。同共和国のコストヘフ内相代行やハジエフ内務次官などの高官も犠牲となった。

◆同年7月25日

グループ犯罪摘発責任者だった警官が自動車爆破事件で死亡。同警官の息子も1年前に殺害されている。

◆同年8月24日

モスクワ・ドモジェド空港を飛び立ったシベリア航空ソチ行きツボレフ(Tu)154型機と、ボルガ・アビアエクスプレス航空ボルゴグラード行きの同134型機が同時刻にロストフ州、トゥール州に墜落。

◆同年8月31日

モスクワ北部の地下鉄役付近で女性による自爆テロが起き、10人が死亡し、51人が負傷。