遺伝子組換え米が13億人の主食に?
2004年末、農業部が開いた会議が社会各界に大きな反響を呼んだ。「国家農業遺伝子組換安全委員会」を構成する約50名の科学者と農業部の高官が、この会議で遺伝子組換え水稲の商業化について協議したからだ。
遺伝子組換え水稲の商品化生産に関する各種の安全評価システムや各段階での実験は既に終えており、農業部の認可が下りれば、遺伝子組替え米が年内にも食卓に上る可能性がある。これが実現すれば、中国は遺伝子組換え水稲を大規模栽培する世界初の国となる。
米は多くの中国人にとって主食。農民の半数以上が水稲の生産に従事しており、穀物栽培面積のうち4分の1を占める。
政府は遺伝子組換えに対し、「積極的に発展させ、慎重に応用する」との姿勢を示している。1999年に遺伝子を組換えた綿花の商業栽培を実施して以降、その他の遺伝子組換え作物の商業栽培は認可されていない。一部の科学者は、この会議が遺伝子組換え水稲の栽培に向けた転換点になると期待を寄せていた。
遺伝子組換え食品は過去、何度も論争の的となった。遺伝子を組換えた米は市民にとって切実な問題であるため、強い関心と大論争が巻き起こっている。
反対者の意見――安全の問題がまだ解決されておらず、遺伝子組換えが人体に害を及ぼすことはないのか。組換えによって、遺伝子に毒性またはアレルギー物質が生じることはないのか。環境や農業経済面に遺伝子組換えによる汚染などのマイナスの影響が出る可能性のある中、栽培を開始するのは適切ではない。
賛成者の意見――遺伝子組換え水稲の栽培によって、生産量を向上し、労働を軽減し、コストを低減し、農薬使用による環境汚染を抑制することができる。現在までのところ、科学的評価と政府機関による厳格な審査・認可を経て市場に出回っている遺伝子組換え食品はいずれも安全であり、中毒や医療事故は発生していない。
現在、遺伝子組換え水稲を栽培している国はない。科学史上、遺伝子組換えは最も強い反対に遭遇している技術であり、商業化は推進すべきなのか。遺伝子組換え米に依存して食の問題を解決しなければならないのか。遺伝子組換え水稲の背後には利益の誘導があるのではないか。どの様な利益を巡る争いがあるのか……。
安全は既に問題ではない?
●遺伝子組換え米には安全上、潜在的な危険性がある
◇国家環境保護総局南京環境科学研究所・薛達元研究員――遺伝子組換え米が人体に害を及ぼすことを科学的に証明できないのであれば、予防措置を確立すべきである。これは国際的に通用する予防の原則だ。
遺伝子組換え水稲は国内の稲種に脅威となるだろう。栽培稲や雑草稲、野生稲の遺伝子を転移させ、それらの遺伝子の完ぺき性や多様性、生存能力に危害を及ぼして、現存する伝統的な栽培水稲が汚染される可能性がある。一旦汚染されれば、伝統的な稲種は重大な害を被ることになる。
安徽省や河北省を視察した際、遺伝子組換え綿花に対する管理が混乱しているのに気づいた。国務院は『農業遺伝子組換え作物の安全管理条例』、農業部も『農業遺伝子組換え生物の安産評価管理方法』を公布するなど、遺伝子組換え生物の環境への放出や商業化生産について厳しい規定を設けた。だが、こうした法規は地方では厳格に実施されておらず、種子関連企業や研究所がそれぞれ開発した遺伝子組換え防虫綿花を普及させた結果、遺伝子は複雑化してしまった。米モンサント社や国内企業を含め遺伝子は30種以上に上る。
水稲の管理も、綿花のように混乱しないとは限らない。科学者が言う管理の強化が完全な空論に帰す可能性がある。
◇国際環境保護組織「グリーンピース」・施鵬翔プロジェクト担当官――市民は遺伝子組換え食品に対しより慎重な姿勢を取るべきである。
遺伝子組換え作物は市場に出回る前に栄養成分の安全テストを経ているため、一般の食品と同様に安全である、というのが遺伝子組換え食品に賛同する者の考え方だ。だが、これらのテストは基本的に短期間(例えば3カ月)、遺伝子組換え水稲と天然水稲をネズミに与えた結果を比較して得たものである。人間は日々、米を主食にしており、1カ月食しても問題は無いだろうが、10年、50年、100年食しても問題が無いとは言えない。
世界にはまだ水稲の様に、人類の主食となる作物については遺伝子の組換えは行われていない。遺伝子を組換えた大豆やトマトが安全だからといって、遺伝子組換え米も安全だと証明することはできない。
環境汚染に関しては、グリーンピースのデータによれば、米国生態学会が最近、遺伝子組換え作物が環境に重大なマイナスの影響を与えることを立証した。また遺伝子組換え作物自身が雑草化する、作物遺伝子の多様性が破壊される、新たな病虫害や病害の発生によって農薬使用量が増加する、とも指摘している。
●科学的評価と政府の認可を得ているため、安全である
◇中国農業科学院生物技術研究所・賈士栄研究員――科学が現行のレベルで安全であると考えれば、安全である。科学は動態的ものであり、数十年後の事がどうであるかははっきりとは言えない。ただ今後、問題が生じれば、科学は解決することができる。自動車が発明された当時、欧州のある国はスピードが速すぎるため安全ではないと、立法で禁止する措置を講じた。しかし自動車は人間の主要な交通手段となった。振り返れば、その様な立法は愚かなものだった。科学的評価と政府機関による厳格な審査・認可を経て市場に出回っている遺伝子組換え食品はいずれも安全であり、中毒や医療事故は発生していない。別の角度から言えば、通常の育種技術で生産された食品を含め、100パーセント安全な食品があるかと言えば1つも無い。
◇フリーライター・方舟子氏――米は主食であるため、中国人はその安全性については他の食品に比べより神経質になる。だが、遺伝子組換え食品に反対する人が何を根拠に安全性に疑いを持つのか分からない。逆に現在市場に出回っている遺伝子組換え食品が安全で信頼できるものである、と断言できる根拠は数多くある。
どんな食品にも安全性上の疑問はあるものだ。交雑水稲の安全性に疑問視する理由もある。遺伝子組換え水稲に組み込まれている遺伝子は1種類かごく数種に過ぎないが、交雑水稲は衆知されていない数多くの遺伝子が混在している。現在のところ、どんな隠れた危険性があるかは分かっていないが、将来、問題が生じないと誰も保証することはできないだろう。普通の水稲についても、健康を害すると断言できる根拠はある。鉄分を腸管によって吸収されにくくする成分が含まれているので、米を主食とする人は鉄分不足による貧血症に陥りやすい。仮に水稲の平均生産量が1ヘクタール当たり7.5トン増加すれば、年間食糧は3100万トン増えることになり、ほぼ在庫食糧のバランスを維持することができる。
●遺伝子組換え米の将来に期待は持てない
◇「東方早報」の郭小言氏――発展を望む中国にとって、全ての論争で有力な根拠となるのが経済効率だ。世界貿易という大きなバックグランに目を向ければ、遺伝子組換え米の輸出にはほとんど期待できる将来性は無い。
英国のある農業経済機構は「アジア諸国の1人平均所得が向上すれば、選択できる穀物や食品はより多くなり、こうした国々での米の消費率は低下していくだろう。日本や韓国は際立って顕著になり、その他の地区での需要はほぼ変わらない。人口増大を総合的に考慮した場合、今後10年以内に世界的に米の需要の伸びはかなり鈍り、国際価格も徐々に下落していく」と報告。その上で報告書は、2012年までに世界の米の年間消費伸び率は1%を下回るが、生産量は1%を上回ると予測している。供給過剰に陥る可能性があるというのだ。
この予測が正しいとすれば、遺伝子組換え水稲の栽培でどれほどの収益が得られるのか。更に考慮しなければならないのは、種子の特許出願にかかる膨大は費用、土地の維持費、長期的な生態保護に必要なコスト、米国を除く世界的な遺伝子組換えに対する保護姿勢などだ。遺伝子組換え水稲の強みは、労力を節減できることにある。だが都市化の進展状況から見れば、農村は労働力不足ではなく過剰状態にある、という考えが多数を占めている。
商業化生産の原動力は利益の誘導?
●遺伝子組換え水稲栽培は国、農民の利益に合致する
◇中国科学院農業政策研究センター・黄季焜主任――遺伝子組換え水稲を大規模に栽培すれば、農民の収入が増加するだけでなく、農薬の使用量が減少するため、環境の改善にもつながる。栽培は国の利益に合致するものだ。
遺伝子組換え水稲では従来に比べ農薬使用量を80%減少できるほか、6〜8%の増産が可能であり、1ヘクタール当たり676元(1元=約13円)の増収が期待できる。
◇中国科学院遺伝・発育生物学研究所・朱驪ウ授――今研究しているメイチュウに強い水稲を例に挙げれば、たとえ予防措置を講じたところで、メイチュウによる損失は毎年、120億元に上るだろう。全国の半数の面積で病虫害に強い遺伝子組換え水稲を普及させれば、1ヘクタール当たり15キロと計算して、1年間に21万トンの農薬を節減することができる。農薬による汚染を減少できるだけでなく、農民の収入も138億元増加する計算だ。
◇中国農業科学院栽培保護研究所の呉孔明研究員――米モンサント社の綿花種子の価格は国内の自主開発製品に比べ数倍も高いが、国内市場で57%のシェアを占めているのは、彼らの先進技術の特許と無縁ではない。国内の研究がそれに追いつき、独自の特許を擁するにはまだ時間がかかるだろう。言い換えれば、政府は国内の技術者に時間と設備を与えることが肝要だ。
遺伝子組換え水稲に反対を唱える側は、技術も多国籍企業に独占されてしまうだろうと言う。だが、中国の遺伝子組換えに関する技術は国に属するもので、外国とは状況が異なる。
■参考資料
中国の科学者が生物遺伝子組換え技術の研究に着手したのは、80年代中期以降。
1986年3月に策定された「ハイテク研究発展計画」(863計画)には100億元が投じられ、なかでもバイオテクノロジーが最優先された。政府は研究に億単位の資金を拠出すると共に、90年代末期には遺伝子組換え作物の商業化の認可を加速させた。
当時、栽培が認可された作物はトマトやシシトウガラシ、綿花など。うち数種の「Bt」綿花が経済的に最も重要な商品となった。
政府は1997年、米モンサント社が開発したBt綿花の国内での商業栽培を認可。2年も経たないうちに栽培面積は遺伝子組換え作物の中で最大となった。
Btの普及に伴い、遺伝子組換え作物の栽培面積は4倍まで拡大し、中国はこの分野で世界第4位の国となった。
2000年になると、市民の心配と欧州市場の受け入れ拒否から、遺伝子組換え技術は低迷期を迎え、商業化の認可も中断された。『農業遺伝子組換え生物標識管理方法』を公布し、『生物安定協定書』の締結に積極的だったのは、政府が遺伝子組換え技術に対し慎重な姿勢を取っていること示すものだ。2000年以降、遺伝子組換え技術に関する技術の商業化認可は1件も無い。
同時に、遺伝子組換えに関する研究を強化。2002年初め、1億4000万元を投じた「農作物の遺伝子資源と改良プロジェクト」がスタートした。
2003年8月時点で、遺伝子組換えの安全に関するテスト実施申請は1044件に達し、777件が認可された。うち中間テストをパスしたのは446件、環境テストを経たのは198件、テスト生産件数は55件に上る。
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