2005 No.17
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中国人にとって英雄は?

馮建華

「見て、劉翔よ!」。3月、「小学生用オリンピック知識読本」(副読本)を手にした北京の小学2年生の女の子はこう叫んだ。すると友人たちも次々に副読本を開き、劉翔選手の話題で持ちきりになった。

北京時間の2004年8月28日午前2時40分。アテネオリンピックのメインスタジアム。中国の劉翔選手が男子110mハードル決勝で金メダルを獲得した。タイムは12秒91。オリンピックの新記録を樹立、しかも英国のコリン・ジャクソン選手が1993年8月20日に独・シュツットガルトで打ち立てた世界記録と同タイムだった。

「劉翔は私たちの英雄よ。クラスの皆も彼がすごく好きです」

英雄は時代ごとに代わる

劉翔選手の世界記録樹立に関する一文は3月5日、上海市の小学5年生用の国語教科書(試験本)に盛り込まれることになった。北京の副読本の場合と異なるのは、この掲載が論議を呼んだことだ。

教科書編纂作業は2004年夏に始まり、当時はまだオリンピックは開催されていなかったが、記録を樹立したことで、急きょ教科書に掲載されることになった。

「これは非常に意外だ」、とある小学校教師は嘆息する。一方、上海市教育委員会教研室の王厥軒主任は掲載に肯定的だ。「この年代の子供たちは英雄を必要としている。劉翔選手がこの時代の英雄であるのは確かだ。教科書に速やかに社会生活の鼓動を反映させるようにするのは、奨励していく価値がある」

半月後、劉翔選手は新時代の「英雄」として教科書に掲載されることになった。それと同時に、抗日戦争時代に人民のために最後まで闘い命を失った5人の英雄に関する故事は削除された。1949年の新中国建国後に生まれた世代はこの故事を通して、今日の幸福な生活は革命家が血を流してようやく得たものであり、無私になって社会に報わなければならないことを学ばされてきた。

上海市教材編纂グループの徐根栄編集長は「革命烈士に関する記述の削除は社会の要請だ。価値が多元化している現代社会では、長く続いてきた革命戦争に関するテーマは徐々に生徒たちの生活、考え方とかけ離れつつある」と指摘。

さらに徐編集長は「新たな時代にも革命的な英雄主義は必要だ。ただ、その形は変えるべきだろう。国のために、国民のために貢献する、というのが英雄であり、過去の戦争時代には革命烈士がいたが、現在の平和な時代には劉翔選手、といった人たちがいる。劉翔選手は上海人だし、その意味で、子供たちが英雄主義とは何かを理解する上で大きな助けになるのではないか」と話している。

インターネット上の伝言板でも、意見は肯定派と嘆息派とに分かれている。「1つの時代にはその時代の英雄があり、時代が異なれば、英雄の選択基準も当然、違ってくる」「私は革命故事とともに成長してきたが、現在の子供たちは5人の烈士さえも知らず、何ともやり切れない」「5人の革命烈士は今でも忘れることはできない」……

“神殿”から降りた英雄

米NBAで成功した姚明選手。国内で一大旋風を巻き起こし、彼のポスターやTシャツを若者たちは競うように求めた。

「バスケットボールの選手がこんなに人の気を狂わせるとは」。55歳の退職労働者はこう嘆息する。姚明選手の“魅力”が分からないようだ。「若い時は、『雷鋒同志に学ぶ』と書かれたノートを手にすると、ひどく喜んだものだ」

雷鋒はごく普通の兵士だった。無心な気持ちになって人を手助けしようとし、苦労を厭わず恨みも言わず任務に黙々と励み、社会に貢献しようと努めた人物だ。だが1962年に殉職。その後、毛沢東主席が題字を書いて「雷鋒同志に学ぶ」運動を展開する。姚明選手など数世代にわたる中国人は学校で「雷鋒精神」教育を受けることになった。政府は3月5日を「雷鋒に学ぶ日」に指定している。

政府は最近になって、雷鋒が腕時計をつけた写真や、彼の恋愛のいきさつなどに関する資料を公開。これは世論を驚嘆させた。過去、こうした側面は英雄人物の“汚点”とされ、秘密に付し公表しなかったからだ。

中国人民大学社会学部の周孝正教授は「過去の英雄について言えば、大多数は、情報の偏った状況の下で、政府機関が一方的に造り出したものであり、イデオロギー的色彩が強かった。こうした体制の中で“創造”された英雄には、いかなる私的な感情、利益をも挟むことは許されず、まさに無情で無欲な“神”であるとの感じを人に与えてしまう。いかなる英雄であれ、まず人であり、血と肉をもつ人であるべきだ。英雄の化身とされていた雷鋒は今、“神”から“人”に代わりつつある」と指摘する。

幼い頃に「雷鋒精神」の教育を受けた姚明選手は今、多くの中国人にとって「英雄」だ。メディアは「NBAでボールを操る姚明選手はメンバーの一角を演じるだけにとどまらない。中国文化の使者でもある。何故なら、彼が代表しているのは彼自身ではなく、成長中の中国だからだ」と報道している。

社会学の一部専門家は「姚明選手と雷鋒は勤勉、意志の強さ、謙遜、集団主義精神など、多くの資質を共有している」と分析する。だが相違点もある。姚明選手の場合は個人の努力で成功を収め、社会に巨大なビジネス価値をもたらしただけでなく、豊かな個人財産を築いたことだ。

現在、姚明選手のように個人の努力で非凡な成績を挙げた中国人は、有人飛行に成功した宇宙飛行士・楊利偉氏、若干32歳で国内高額所得者トップにランクされたインターネット企業網易公司の創設者・丁磊氏など、まだ数少ない。

こうした人物が出現したことで、英雄はワンパターンに別れを告げ、徐々に多元的に選択する時代になっていく。人々は英雄に接する場合、“受動的に受け入れる”ことしかできなかった過去とは異なり、選択する権利を持てるようになった。しかもグローバル化の時代が到来するに伴い、巨額の富を築いた米マイクロソフトのビル・ゲイツ氏やアルゼンチンサッカー界のスター・マラドナ氏など、一部の外国人も中国人にとって英雄視されるようになった。

同時に、英雄は“神殿”から降り始めるようになった。個人の意識が取り戻されるに伴い、90年代以降になって国内に多くの無英雄主義者が生まれようになった。その絶対多数が若者だ。こうした現象について「英雄崇拝は未曾有の挑戦にさらされるようになった」、と憂慮を隠さず嘆息する専門家もいる。

周孝正教授は「開放された社会では、価値観は日ごとに多元化しているため、無英雄主義者の存在は非常に正常なことだ。ある意義から言えば、これも信仰の自由と精神の自由の表れの1つだ」と指摘する。

庶民タイプの英雄が出現

一躍名を成すと、英雄はスターというリングを冠せられ、生花と拍手に囲まれる中、生活の境遇もそれに伴い極めて大きく変化していく。

英雄は人々が敬服するに値すべきものであり、社会からの報いも得るべきだ。だが多くの庶民的な英雄が多数現われているにもかかわらず、人々にその存在を知られることは少ない。しかも大きな圧力

を受ける時もある。しかし、教授がいたからこそ、多くの人の利益、さらには命が失われずにすんだとも言えるだろう。

武漢大学中南医院の桂希恩教授は伝染病、地方病の予防と治療に従事してきた。既に68歳になるが、氏を知る人は少ない。だが政府がエイズ問題で国際社会の高い評価を得たのは桂教授の努力があったからだ。

桂教授は1985年、国内で出血熱の治療を行うため米国から遺伝子を持ち帰り、自身を実験台に臨床実験に乗り出した。また大きな圧力を受けながらも4年間実地調査を行った後に1999年、国内でエイズの高発病地区・河南省の上蔡県文楼村の実態を社会に明らかしたほか、血液が重要な感染ルートであることも公表。こうした成果が国内のエイズ予防治療に果たした影響は大きい。

その後の5年間、桂教授は数十回にわたり河南省を訪れてはエイズの感染状況を把握、前後して約500名について検査を行ったほか、100名余りの児童を含む患者が教授から資金援助を受けている。

こうした成果が評価され、桂教授は2004年に中央テレビ局から「10大年間人物」の1人に選ばれた。同テレビ局は受賞理由について「教授が行った5年は、中国の500年に影響を与える」

政府がエイズ問題を正視する上で大きな役割を果たした人がもう一人いる。「民間の抗エイズの第一人者」と呼ばれる女性の高耀潔さんだ。80歳という高齢で、胃の5分の1を切り取ったにもかかわらず、様々な障害を乗り越えながら、高さんは1996年から自身の資金を使ってエイズの予防・治療、救済活動に乗り出した。彼女が編集した小冊子『エイズの予防に関する知識』は無料で配布され、自費出版の『エイズ、性病の防止と治療』も30万部が無料で配られている。

「エイズの予防と治療に当たって、一番難しいのは何だと思いますか」。記者がこう質問すると、「“虚偽”、という字に表れていますね。中央の政策は正しいのですが、一部の下層の行政機関では、それが変わってしまうのです」、と忌憚のない答えが返ってきた。

高さんはその著書でこう書いている。「今問題なのは、官僚の命を人の命より重要だと見ている人がいることです。ごまかすという方法を取っても、永遠にごまかすことはできません。私がしなければならないのは、ごまかしをやめさせること。半ばごまかしのものであっても、それをやめさせること。私の一番の夢は、亡くなる人を少なくすることなのです」

米週刊誌タイムは2002年、高さんを「アジアのヒーロー」、ビジネスウイークも「アジアのスター」として紹介。国連のアナン事務総長も自ら彼女は「ヒーロー」だと述べ、絶賛した。

度重なる栄誉を受けながらも高さんはこう話す。「それらは名だけのこと。大切なのは、今からエイズの拡散を食い止めるための仕事に早急に取りかかることなのです」

中国人民大学の周孝正教授は「英雄というのはいろいろと経験してこそ、その人生、その社会的な価値をより広く具体的に表現できるのではないだろうか。庶民タイプの英雄の多くはこうした人たちだ。社会が転換する重要な時期にある中国にとって、より必要とするのは庶民タイプの英雄なのかも知れない」と話す。